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1.
アデン大国最大の商業都市ギランは国中のあらゆる物が交差するるつぼである。
ここには各地から様々な品物が流れこみ、様々な人であふれている。
旅人、商人、傭兵、魔法使い、吟遊詩人…
ある者は商売で一旗揚げる為に、
ある者はギャンブルで一山当てる為に、
ある者は戦いの舞台を求めて…
様々な思惑の元に集う人々が、今日もギランを活気に満たしている。
シオン、ボルタス、タリスの3人もまた、己の夢の為にこのギランにやってきた者達だ。
彼等はその目的を果たす為、冒険者になった。
そして、とある事件が切欠で知り合った3人はそのままパーティを組み
冒険者の世界へとデビューしたのである。
彼等はギランのほとんどの冒険者が利用しているモーリの酒場の一角に席を取り集まっていた。
スケイルメイルを身につけた16歳ほどのヒューマンの男性がシオン。
とりたてて大柄ではないがしっかりした肉つきで力強そうな印象を受ける。
まだ若いが、それ故に情熱を秘めた顔つきの戦士である。
ボルタスはドワーフの壮年で、がっしりとした体をしている。
ドワーフの身長はもともとヒューマンに比べて低いために
背の長けこそシオンやタリスよりも低いものの、それ故にどっしりとした安定感を感じさせる。
そしてドワーフ(男性)のトレードマークとも言うべき豊かな顎髭を生やしている。
線の細い、柔らかな印象をうける青年はタリス。
金髪碧眼でスマートな体形。白いローブを着た魔法使いである。
彼等3人は酒場で食事を摂りながら今後の活動方針を話し合っていた。
「この前の報酬で防具を新調したぞ」
そう言ってシオンは身につけているスケイルメイルを軽くたたく。
その他にもスモールシールドとヘルムを購入していた。
「ワシも装備をちょいと強化じゃ。後はもろもろの備品かのう。
ま、次の冒険にでる準備はととのっておるの」
ボルタスも新たにドワヴィッシュヘルムを入手し、防御を高めていた。
一行は前回の冒険で得た報酬を利用してそれぞれ装備の強化と必要なアイテムの確保を行っていた。
しかし、そのおかげで懐はまた寂しくなった。
まだ残りのアデナはあるとは言え、それが無くなる前に次の収入を得なくてはならない。
「そうですね、これならば南の遺跡に挑戦してみるのも悪くないかもしれません」
タリスが少し考えてから言う。
南の遺跡とは、ギラン都市から南に位置した所にある古代遺跡の事である。
嘗て栄え、今は滅びた古代都市の遺跡。
ギラン都市に匹敵する面積を誇るその遺跡には今では多くのモンスター達が棲みついている。
しかし、そこには未だに回収されていない様々な品物が埋もれている。
また、地下にも広大な遺跡が広がっており、迷宮とも言えるそこには
さらに様々なモンスターと財宝が眠っていると言われる。
ディオンの遺跡と呼ばれるそこは、ドラゴンバレーと並んで
ギランを拠点にする冒険者達が多く探索に出かける場所である。
「確かにのう。遺跡探索はある意味冒険者の基本じゃしな」
ボルタスが髭をなでなで言うが、少し渋い顔だ。
「遺跡探索か」
古代遺跡には今だ誰も見つけていない財宝があるかもしれない。
それを見つけることができれば名声もあがるだろうか。
漠然と、シオンはそんな事を考える。
タリスは2人が少し思案顔なのをみて慌てて付け加える
「まあ、確かに何のアテも無く探索してもさしたる物は得られないとは思いますが。
でも僕たちはまだ実戦経験も浅いですし、現場にはなれておいた方がいいと思うんです」
確かに遺跡にでかければ必ずお宝をもって帰れるという訳ではない。
準備万端、お金をかけて用意してから出かけても、大した収入も無く帰ってくる事になるかも知れない。
「確かに、経験はつみたいな」
まだまだ学ばなければならないことがある。シオンはその事は強く感じていた。
「うむ、それは良いのじゃがの。
問題は遺跡に挑むならトラップの発見と解除ができる人間が欲しいと思ってのう。
発見は…まぁ、時間をかけるなりディテクションの魔法を使うなりでどうにか対処するにせよ
解除に関しては、罠自体を避けて行けない場合そこで立ち往生する事になるからのう…」
そう、古代遺跡には様々な罠が仕掛けられている場合が多々ある。
それは古代都市の防衛機能であるとか、遺跡に侵入する冒険者を撃退する為にモンスターが仕掛けた物であるとか、
色々な説があるが、確かな事は罠に嵌れば命の危険があると言うことだ。
「あー、それは確かにそうですね」
タリスも同意して頷く。
シオンとボルタスは戦士、タリスは魔法使い。
しかし3人ともトラップの発見や解除に対する深い知識と技術は持ち合わせていない。
「ここはやっぱりそう言うことが得意な人間をパーティに誘うべきだろうなあ」
「そうですねえ」
シオンの言葉にタリスが頷く。
そうして3人がどうしようか、と頭を捻っているとそこに声がかかった。
「あんた達シーフを捜しているのかい?」
声をかけてきたのはモーリの酒場の女将、モーリその人であった。
彼女はこの荒くれ者共があつまる酒場を切り盛りするきっぷの良い人物で皆の母親的存在だ。
これまで多くの者達が冒険に出かけ、そして帰ってこなかったのを彼女はみてきた。
たとえ一時でも自分の店を利用してくれた人間が冒険で命を落としてしまうのは哀しいことだ。
しかし彼女は冒険者を止めろとは言わない。
その代わりに彼女は若い冒険者達に色々と便宜を図る事にしていた。
その命を無謀な冒険で散らさない様に、彼女は『冒険者の酒場』を作り上げたのだ。
街の人間の―特に冒険者の手を必要としているような人間達―とパイプをもち
若い冒険者向けの依頼を斡旋したり、あるいは仲間のいない新人冒険者の紹介をしたりする。
1人で無茶な冒険に出させたり、実力にあわぬ無謀な行いをさせない為にも
彼女は冒険者の育成に力を入れていた。
そうしてそれ故に、このモーリの酒場は名実共に今では冒険者御用達の店になっているのである。
「ええ、探していると言えば探していますが…」
タリスは突然声をかけられたので少し当惑しながらもモーリに答える。
するとモーリはニコリと笑って
「ああ、丁度よかった。実は1人活きの良い子がいるんだよ。
よかたっらあんた達その子とパーティ組んでやってくれないかね?」
「そいつは罠発見や解除が得意なヤツなのか?」
「その辺の基礎はできるはずさ。少なくともあんた等よりは得意なはずだよ」
シオンの疑問にモーリは明るい調子で答えた。
「ふむ、まあその人物と直接あってみた方が良いじゃろう。
女将、紹介してくれんかのう?」
「あいよ、ちょっと待ってな」
ボルタスの言葉に応えると、モーリは一端酒場の別の所へ移動していった。
暫くすると、1人のヒューマンの少女を連れて戻ってくる。
小柄で、どことなく小動物を思わせるすばしっこそうな女の子だ。
年の頃は14、5歳と言ったところだろうか。
ボブカットのオレンジ色の髪の毛にくりっとした大きな瞳。
僅かな胸の膨らみを隠すかのように少し大きめのレザージャケットを着込んでいる。
キュロットに回したベルトからは様々なツールをつり下げていた。
「この人達?」
少女は確認するようにモーリに話しかける。
モーリは1つ頷いて、そうだと答える。
「ふーん?」
伺うように、少女は3人の顔を見ていく。
「ふむ…」
そして暫く何かを吟味するように思案した後、
姿勢を整えて一呼吸すると
「私はリリィー・マイヤー。トレジャーハンターよ。
よろしくね」
そう言って3人に挨拶した。
「俺はシオンだ、よろしくな」
「僕はタリス・ワイズマンです。よろしくお願いしますね」
「ワシはボルタスじゃ。よろしくのぅ」
3人も口々に挨拶をかえす。
それから一行はリリィーを加えて4人でテーブルについた。
そこにさらにモーリが話しかける。
「それであんた達しだいだけど、1つ依頼があるんだけどね」
「依頼?」
思わずシオンが問い返す。
「ああ、依頼人はギラン魔術学校だし報酬もそれほど悪くないよ。どうだい?」
4人は顔を見合わせる。
無言でどうしようか?と尋ねあう感じだ。
「私は報酬しだいね。
数日中にまとまったアデナが必要なの。
1人3000アデナ以上入るならかまわないわ」
リリィーはそう言って依頼を受けること自体には問題ないと言う。
トレジャーハンターでありシーフでもある彼女は、両方のギルドへの会費を必要としていた。
シーフギルドに顔を通さず仕事(スリ等)をやれば大変な事になるし、
世界的規模をもつトレジャーハンターギルドの提供する情報やアイテムは非常に有用だ。
リリィーはその2つのギルドにそれぞれ所属しているのである。
出費は大きいが、それ以上の収入が見込めれば問題ない。
「僕も魔術学校の依頼ならかまいませんよ」
「ま、ワシもかまわんぞ」
タリスとボルタスも特に異存は無いようだ。
シオンも依頼を受けることに憂いは無く、1つ頷くとモーリにどんな依頼なのか尋ねた。
「依頼内容はある場所の調査だね。
拘束期間は決まってないけど、手早くやればそれだけ早く済むよ。
報酬は全体で15000アデナだね。
受けるようならもう少し詳しく説明するけど?」
「15000か。俺はかまわないけど、リリィーはそれでいいか?」
4等分すると3750アデナ。一応リリィーの希望する3000は超えている。
シオンが尋ねるとリリィーは少し思案してモーリの方を見る。
「他に短時間で儲かりそうな仕事は?」
「ちょっと今のところはないね」
「ま、えり好みできる身分でもないし。
私はかまわないわよ」
そう言ってリリィーは後の判断をシオンに任せる。
シオンがボルタスとタリスの方を見やると、2人とも仕事を受けることに同意するように頷く。
それでシオンはモーリにその仕事を正式に受けることを告げた。
「じゃあ、詳しい内容を話すよ」
そう言うとモーリは一端カウンターの奥に行き、アデナの入った袋と依頼書をもって戻ってきた。
「依頼者はさっき言ったとおりギラン魔術学校。
担当はワフナー導師だから何かあったら訪ねるといいよ。
で、依頼の内容だけどね、先日ある魔術施設が発見されたんだけど
…そこの3人は良く知ってる所だと思うんだけどね」
そう言ってシオン、ボルタス、タリスの顔をぐるりと見る。
3人は思わず顔を見合わすと、あっと1つ思い当たる。
「もしかして、例の誘拐犯のいた?」
「あたり。
実はそこにね、隠し扉が発見されてね。
で、どうやらその先にまだ何か色々ありそうってわけさ。
そこでその先がどうなっているのか調査してこいってのが今回の依頼」
「なるほどのう」
うーむ、と腕をくんでボルタスがうなる。
「あの施設にまだ秘密があったなんて、驚きですね」
そう言うタリスは何処か嬉しそうだ。
「あのリザードマン嘘言ってたのかよ?」
以前の事件でシオン達3人は今回の依頼にある施設に行ったことがある。
その時、そこを警備していたリザードマン達から施設の地図を聞き出したが
その時は隠し扉も施設が更に広いと言うことも彼等の口からは出てこなかった。
「いや、ただ単にほんとに知らなかったのかもしれんぞ」
顔をしかめるシオンにボルタスがそんな事を言う。
「ああ、それはありえますねえ」
タリスもそれには同意する。
そんな3人の様子をリリィーはまじまじと眺めていた。
「…もしかして、例のゲイザー事件を解決した冒険者ってアナタ達なの?」
ゲイザー事件とはギランの街中に突然ゲイザーが出現し騒ぎになった出来事である。
死者などは出ず、それ自体は非常に悪質ないたずらでしか無い物の
その裏には誘拐などの他の犯罪の目をそらす目的があった。
この事件はギラン市民の間でちょっとした話題になったが
すぐに数名の冒険者達によって解決されたという。
そしてその冒険者達と言うのがシオン、ボルタス、タリスの3人と
ここにはいないがもう1人の計4人の事なのである。
「ああ、まあね」
リリィーの問いかけに少し誇らしげに答えるシオン。
「へぇー。やるじゃん」
リリィーも詳しい内容を知っている訳ではないが
黒幕がウィザードだったらしいと言うことは聞いている。
魔物を使役し、危険な実験(?)をしていたダークウィザードを倒し、
事件を解決したという実績がこの3人にはある、ということで
リリィーの見る目が少し変わった。
モーリが話を続ける。
「まあ、そんなわけで施設の調査。
未踏区域の地図作製と危険があるようならそれの排除、または封印。
何らかのアイテムがあるようなら回収もよろしく。
物によっては学校が買い取ってくれるらしいからその分収入は増えるよ。
期限は1週間。前金は5000アデナ。成功報酬で10000。
とりあえず、こんな所かねえ」
そう言ってアデナの入った袋をゴトリとテーブルに置く。
リリィーはぴんと子犬のように反応して金貨の入った袋に目をやる。
(わかりやすいのう)
その様子をボルタスはしみじみと眺めていた。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
そう言うとモーリはがんばりなと言ってカウンターへと戻っていった。
「5000だからとりあえず1250だね」
リリィーは指折り数えながら1人頭の分配金を計算する。
「まあそうあわてなさんな。
…ほれ、嬢ちゃんの分じゃ」
ボルタスは苦笑しながら袋から取り出したアデナを皆にそれぞれわけてよこす。
皆はそれぞれの分け前をもらうと巾着袋にしまいこむ。
「よし、とりあえず例の地下施設に行ってみよう」
そう言うとシオンは荷物をまとめて立ち上がる。
「そうですね、ワフナー導師もそちらにいるでしょうから行ってみましょう」
タリスもそれに同意して立ち上がる。
「行くのはいいけど、私にもその地下施設って何なのか教えてよ。
ゲイザー事件の噂は知ってるけど詳しくはしらないんだから、私」
「おお、そうじゃのう。ならば道すがら話していくとするかの」
ボルタスは髭を撫でながらそう言うと、少し頭の中で話を整理してから
この前の事件の事について話し始めた。

2.
それほど広くない室内に2人の女性がいた。
1人はヒューマンの女性で歳は18頃。
透けるような白い肌に艶やかな長い黒髪。今はその髪を結い上げてまとめている。
目鼻立ちの通った理知的な美人で、その双眸は蒼く澄んでいる。
四肢はスラリとして長く、体型は出るところはでて引き締まるところはしっかり引き締まっている。
もう1人はダークエルフの女性で見た目の歳は17歳かそれ以下だろうか。
褐色の肌、紅い瞳、長い耳。髪はセミロングの銀髪でヒューマンには無い美しさを感じさせる。
けれどもその顔つきはどことなく幼い所があり、可愛らしいという表現が似合うだろう。
もっとも体の方は良く発育していて、たゆんとした豊かな胸に、均整の取れた体躯をしている。
ギランの貴族であるヒューマンのアリア・スタインフォルツとそこに居候しているダークエルフのファナン。
それが、この室内にいる2人の女性の正体だ。
すぅっと、ゆっくりとファナンの腕がアリアの体に伸びる。
指先がゆっくりと肌に触れる。
「ん…ふぅ…」
アリアの口から切ない声がこぼれた。
「アリア、気持ち良い?」
そんなアリアの事を愛おしげにみつめながらファナンが尋ねる。
ファナンとアリアは2人きり、裸になってジットリと汗を流していた。
「んん…ファナン、もっと…強く…お願い…」
「うん…、わかった…」
無防備に寝そべるアリアの体にファナンは望まれるまま、力をこめてあげる。
「あっ…ふぁ…、ん…んく…」
アリアは上気して頬を赤らめ、気持ちよさそうにうっとりとする。
「どう?」
「ええ、上手よ…ファナン…」
静かな室内に2人の吐息と、時折アリアのもらす声だけが響く。
ファナンの指先がアリアの白い柔肌に触れる度に、アリアは体の芯を刺激され気持ち良さそうに打ち震える。
「あん…、あっ…、んあっ…」
アリアはゆっくりととろけて夢の世界に誘われていきそうだった。
「ああっ…
本当に、ファナンの指圧は気持ちいいわねえ」
そして「ほう」と溜息をついて、満足そうに言うのだった。
2人は今、アリアの屋敷のお風呂に一緒に入っていた。
お風呂、と言っても湯船にお湯がはってあるのとは違い
どちらかと言えばサウナといった代物である。
お風呂文化はアデン国内でも様々あるが、
スタインフォルツ家のお風呂と言えば蒸し風呂である。
それ専用の魔法装置があることから、この屋敷を建てた先祖はオーレンの出身だったのかもしれない。
一般にオーレンのお風呂は蒸し風呂だし、象牙の塔では色々な魔法技術が開発されているからだ。
午前中、2人は剣の稽古をおこない体を良く動かし汗をかいたので
お風呂でリフレッシュとあいなったのである。
「気持ちよくするのには自信があるよ」
ファナンはお風呂の中の長椅子で横になっているアリアをマッサージしてあげていた。
アサシンとして人体の様々な急所を学んだファナンは
体のどこをどう刺激してあげれば気持ちよいかのツボを心得ていた。
また、的確なツボを刺激してあげれば、気持ち良いだけでなく健康面でも有用だ。
2人が一緒にお風呂に入った時は、大抵アリアはファナンに体をほぐしてもらっていた。
「あ〜極楽極楽」
アリアはもうすっかりと全身をリラックスさせている。
頭、首、肩、腕、手のひら、背中、腰、太股、脹ら脛、足の裏等々、
全身くまなくぐいぐいと指圧されてすっかりと良い気分になっている。
もう、いつでも眠りの世界に旅立てるほど気持ちが良い。
「アリア、それ年寄りみたいだよ?」
「む…、いいじゃないのよ、別に」
こんなに気持ちよくさせておいて、その言いぐさはないんじゃないだろうか。
アリアはつんとすねて見せて、さらなる奉仕を要求する。
「もー、しかたないなぁ」
ファナンはクスリと笑ってそれに応じて更にアリアの体をもんであげる。
「そう言えば」
「うん?」
ふと、ファナンは思い出したことを口にする。
「前から不思議に思ってたんだけど、そこの角」
「排水溝?」
「うん、水が流れていくところ。あれって何処に繋がってるの?」
今は天上から垂れる水滴が僅かな水となってあるだけだが、
体を洗い流す時などは多くの水が流れ込んでいく。
その流れた水が何処へ行くのか。
ファナンは以前から不思議に思っていた。
「ああ…地下水道に繋がっているのよ」
「地下水道って…雨水とかも流れていく、あそこだよね?」
「ええ、そうよ。なんだ、知ってるんじゃない」
ギランは大抵の場所で地面が舗装されていることもあり
道路脇には雨水が流れていく排水溝がある。
「うん。いや、そうじゃなくね、その地下水道に流れた水は
いったい何処へ行ってるのかなぁ…って」
「地下水道の先?」
「地下水道にずっと水が貯まっていったら溢れちゃうよね?
だから、地下水道に行った水はその後どうなってるのかなぁって」
「えーとね、たしか地下水道の何処かに浄水システムがあって
その後地下水脈に流れ込んでいるはずよ」
アリアは直接地下水道の事を見たことは無いが、
幾つかの文献でその事を知っていた。
近隣に河の無いギランの生活用水は基本的に井戸から汲み上げて用いられる。
その地下水脈に水は再び戻っていくのだ。
「そうかあ…」
ファナンは納得したのか、何度か頷いてちらりと排水溝の方を見た。
でも、浄水システムというのはどういった物なのだろうか?
それも気になって聞いてみたが、それに関してはアリアも知らない様だった。
「それにしてもどうしたの急に?」
なぜそんな事を聞いてきたのだろうか。
「もしかして井戸にそのまま繋がっているのかなぁ…て思って」
「ぶっ。気持ち悪いこと言わないでよ」
「えへへ、そうだよね」
そう言ってファナンは照れたようにあははと笑う。
「もう…。それより、ファナンありがとう。体が軽くなった感じだわ」
アリアはそう言うと上体をそらしつつ体勢をかえて椅子に腰掛ける。
「いえいえ、どういたしまして」
ファナンは自分の技術を人の喜ぶことに使えて今度は満足げに微笑んだ。
普段ならこのあとお互いに体を洗ってお風呂を出るのだが、今日は少し違った。
「今度は交代ね、私がファナンの事を気持ちよくしてあげるわ」
「え?」
「いつもファナンにしてもらってばかりいるから、たまにはね。
それに、今回出番これだけみたいだからサービスしとかないと」
「…後半の意味は良く判らないけど、嬉しいな」
「気にしない、気にしない。さ、おいで」
「うん」
ファナンは口元に手をあてて恥じらうように微笑むと、
アリアに体をゆだねて力を抜いた。
「優しくしてね?」
「まかせなさい。優しく可愛がってあげるわ」
そう言ってアリアは妖艶に微笑むのであった。

3.
シオン、ボルタス、タリス、リリィーの4人は
東南の旧市街にある小さな館にやってきていた。
長い間誰も住んでいなかったこの家も、現在はギラン魔術学校の管理下にあり
以前訪れた時に比べ手入れがされて綺麗になっていた。
館には数人の魔術学校職員がおり、急がしそうに働いている。
4人が依頼を受けてやってきたことを告げると、応接室に通された。
それからすぐに、1人の導師がやってきた。
薄い緑色のローブを着た、落ち着いた雰囲気の中肉中背のヒューマン男性。
彼がこの施設の管理担当であり、今回の依頼人でもあるワフナー導師だ。
「おお、よく来てくれましたね」
そう言ってワフナーは4人を歓迎する。
「こんにちはワフナー導師」
「おや?ワイズマン君。なるほど冒険者をやってるという噂をききましたが…」
「はい、今回はワフナー導師の依頼を受けさせてもらいます」
そのタリスの言葉にワフナーはうんうんと頷いて
「ここの地下施設に関しては文献が見つからずどうなっているのか不明でしてね、
充分注意して調査をねがいますよ」
「でもわざわざ冒険者を雇うくらいだから、ある程度危険は予想されるんでしょ?」
それを聞いてリリィーがたずねる。
「最初隠し扉を見つけたおりに簡単な調査だけはしたのですけど、これが思ったより広そうでして。
我々はメウゼスの研究資料等の調査もありますし、施設探索の方に大きく手はさけないんですよ。
ですから、実際のところ何処までの危険度があるのかは不明です。
それゆえに、冒険者の方にお願いしようと」
「ふんふん、なるほどね〜」
「じゃ、もしかしたら何も危険が無い事もあるかもな」
「そうじゃったら、楽だのう」
「はははっそうかもしれませんね。
何もなければそれにこしたことは無いのですが。
ともあれ、念をいれて探索はおねがいします」
その言葉に4人は頷いて応える。
それからワフナーに案内されて、一行は発見された隠し扉の前へと来る。
「よし、じゃあ行こう」
そうして、4人は地下施設の未踏地域へと歩を進めていった。
「私が先頭に立つね?」
「うむ、よろしくの。頼りにしておるぞ」
リリィ、シオン、タリス、ボルタスの順番で隊列を組む。
隠し扉の先も、人工の通路が続いていた。
しかし照明はついておらず、通路の先は暗く見えない。
「ライトを点けましょう」
タリスはそう言うと、ライトの魔法を使って辺りを明るく照らす。
「私の予感だとトラップとか無いと思うけど、
一応念のために5m後ろからついてきてね?」
5mの距離は斥候であるリリィが何らかの罠にかかっても
後続が巻き込まれない可能性がある距離であると共に、
モンスター等に遭遇したとき戦士達がすぐに前に出れる距離でもある。
リリィは床、壁、天井に不審な部分がないか気を配りつつ
目、鼻、耳、触覚はては第六感まではたらかせて
異変は無いか、危険が迫っていないかを探りつつ慎重に歩き始める。
「大丈夫、やれる。…私は平気…。」
小さくポツリと、リリィが呟きをもらす。
それは本当にちいさくて、シオンやボルタスの鎧の音にかき消されたけれど
シオンに耳には届いていた。
「?」
その呟きにシオンはリリィのことを見やる。
その表情を伺い知ることは出来なかったが、
すこし緊張している様だった。
何か声をかけるべきだろうか?
シオンは逡巡したが、何か行動を起こすよりも早く
リリィが歩を進めてしまい、タイミングを逸した。
シオンはそのまま黙って彼女の後に続いた。
暫く通路を進んでいくと、やがて行き止まりとなった。
突き当たりの壁には大きな鉄製の扉があった。
リリィは扉を調べ、罠や鍵があるかをみる。
「罠は…なし。鍵も…かかってない」
シーフツールを駆使して扉を調べていく。
熟練の…とは行かないまでもなれた手つきで
危なっかしい部分はまるでない。
その作業を見ていたシオンはさっきの呟きはなんだったのだろう?
と思い返したが、すぐにその思索をふりはらった。
今はぼんやりものを考えている時ではない。
「よし、開けるよ?」
リリィが3人を振り返ってみやる。
シオン達はうなずいて武器に手を伸ばした。
モンスターがいる気配はないが、油断は禁物だ。
ギギギィ。
重たい音を立てて扉が開く。
奥はやはり暗く、物音ひとつない。
「とりあえず何もおらんようじゃの」
中に入ると、肌にひんやりとした風が流れ込んでくるのを感じた。
「どこかに、つながっている様ですね」
風の流れを感じてタリスが言う。
「多分、裏口なんだろうね。
どこか外に続いてるんだと思うよ」
リリィも同意して言う。
「では、どこに続いておるのか調べんといかんのう」
やれやれといった感じでボルタス。
「ま、ここであれこれ言ってても始まらない。進もうぜ」
「そうだね、行こうか」
再びリリィが一行の5メートル前に立って通路を進み始めた。
ザアァァ…
「ん?なんだ。水の音?」
シオンは通路の奥から水の流れる音を聞いた。

4.




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