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アデン王国に属する都市群のなかでも屈指の大都市であるギラン。
ケント、ハイネ、オーレン、アデンの各方面に伸びる街道を有する交易の中心、商業都市である。
また、コロシアムやレース場、カジノなどの娯楽施設も多数あり、歓楽都市としてもまた名を馳せている。
それ故にここギランには各地から人が集まり、大変な賑わいを見せている。
街の中央にある広場には大きな十字架のモニュメントがあり、そこから北と西側に商店通りが伸びている。
通りのあちこちに露店が立ち、様々な物を売っている。
怪しげな魔法のアイテムから、果物や肉などの食べ物。
冒険の旅に必要なロープや楔、ランタン、10フィートの棒にバックザック等々。
武器や防具の類は、それを専門に扱っているワーナーの店やバージルの店があるけれども、
それらでは売っていないような中古の武器や防具、中途半端な魔法の武具などが時折露店に出ていたりする。
ギラン在住の一般市民にとってはそれは必要なものではないけれど
ギランを拠点に活動する冒険者にとっては、掘り出し物を見つけられるかもしれない、一つのチャンスだ。
最も、冒険者にとっては艱難辛苦を乗り越えた冒険の末に手に入れた財宝を、売り払う場所であるかもしれないが。

そんな多くの人々が往来するこの市場に、1人の少女が歩いている。
年の頃は見た目でいうなら、17、8位であろうか。
たゆんとした豊かな胸を僅かな布でタイトに覆ったチューブトップに、ローライズなホットパンツ。
首に赤いスカーフ、脚は黒いオーバーニーソという格好で、発育の良い躰の肌を大胆に露出している。
そのしなやかで肉感的な躰の肌は褐色。
精悍でありながらも少女らしいあどけなさも残す、可愛らしい顔。
優しげな紅い瞳は、道々にならぶ露店の品を面白そうに眺めている。
そして、艶やかに流れる、銀髪のセミロングの髪から長い耳が覗いていた。
そう、彼女はヒューマン族ではない。ダークエルフ族なのである。
ダークエルフ達はとても開放的であり、往々にして肌を露出させることが多い。
彼女の故郷の村には、紐としか言えないものを着ている人もいるほどだ。
だから彼女―ファナンにとって、露出度の高い格好はごく自然な事なのである。
ヒューマン族の間では、それは少し“過激な”格好らしいが、全然気にしていない。
躰のスタイルには自信があるし、男達が色々となにやらサービスしてくれることがある。
もちろん下心があるのだろうが、ダークエルフという伝聞上恐るべき種族である彼女に
おいそれと手を出してくる連中はそうそういない。
たとえ出してきたとしても、そんな連中を撃退できるだけの実力がファナンにはある。
それにダブダブした服装では戦うときに動きづらい。
沈黙の洞窟のアサシンギルドの暗殺者であり冒険者であるファナンにとっては
たとえそこが街の中であってもすぐさま臨戦態勢をとれないと落ち着かない。
もちろん、市場をぶらぶら歩いている現在でも、お買い物の為の巾着袋の他に
エルヴンダガーを収めたシースも持って歩いていた。
アデナを入れた小袋は胸の谷間に、ダガーシースはパンツのベルトに。
最小限の、身軽な格好だ。

「こんにちは」
果物を並べた店の前にやってきたファナンは店主に向かって声をかける。
「やぁ、ファナンちゃんか。相変わらず目のやり場に困る格好だなあ」
ファナンの声に応えたのは、40歳位のヒューマン族の男性だ。
いつもこの露店で果物を売っている、ガウナーという男だ。
肉付きの良い、ちょっとぽっちゃりとした体格で、柔和な笑みを浮かべた人の良さそうな感じの人物である。
「遠慮なく見ていいよ?減るもんじゃないし」
ちょっと顔を赤らめているガウナーにいじわるっぽい笑みを浮かべてファナンが言う。
ファナンはよくガウナーの店に果物を買いに来ており、2人はもう顔なじみだ。
「いやいや、むらむら来ちゃうと危ないからねぇ」
「がまんできなくなっちゃう?」
そう言ってファナンは両肩を抱いて、上目遣いにガウナーを見る。
「とんでもない!殺されちゃうよ」
「大丈夫、ガウナーさんが襲ってきても殺さないよ?」
「いや、カミさんに殺されちまうよ!」
そんな軽口をたたきあいながら、2人は世間話に華をさかせる。
ガウナーは差別や偏見を持たない人間で、ダークエルフのファナンにも気さくに応じてくれる。
様々な人間が流れ込んでくるギランの市場では、人を見かけで判断してはいけない。
重要なのは相手の人格そのものだ。
そいういう“相手をちゃんと見る”と言うところを気に入って、ファナンはガウナーの店を贔屓にしていた。
散歩に出かけたときは、いつもここで果物を買っていく。
もちろん、只贔屓だからというわけでなく、揃えてある品揃えは新鮮で美味しいからというのもある。
「じゃあ、バナナ一房もらおうかな」
「ああ、ありがとう」
話が一区切りついたところで、ファナンはバナナを買うとガウナーの店を後にする。
「ばななーばななー」
早速歩きながらバナナをほおばりはじめる。
「うん、美味しい」
ちょっぴり幸せ気分に浸りつつ、どこか落ち着いた場所で食べるべく、広場の方に向かうことにした。

ギランの中心の広場には、大きな十字架のモニュメントがある。
通称ギランクロスと呼ばれるそれは、ギラン名所の一つでもある。
庭師アルドレッドの手による、手入れの行き届いた花壇で彩られた憩いの場だ。
そこに1人のヒューマン族の青年が感慨深い顔をして座り込んでいた。
新品のスタデッドレザーアーマーを身につけ、手には武器屋で購入してきたばかりだろうか、
やはり真新しいショートソードを持っている。
「よしっ、ついに手に入れたぞ」
そう言って嬉しそうに手元の剣をみる。
彼、シオンはギランの近くにある農村を後に、都会で一旗あげるべくやってきた若者である。
幼い頃に見た騎士の姿にあこがれて、自らも騎士になろうと故郷を飛び出してきたのだ。
そうは言っても、どうやって騎士になればいいのかは実のところ彼自身よく判っていなかった。
だが、時代は今だ混迷の中にある。
反王が打倒されたという話は聞くが、各地に現れる魔物の脅威や巨人の蠢動、
竜の信奉者や邪教徒たちの暗躍。そして、さらに噂される不吉な噂。
―反王は生きており、再びアデンへと戻ってくる―
平和な世界を望まないわけではないが、名を上げるには都合がいい。
シオンはギラン城壁改修工事の土木作業のアルバイトで稼いだアデナをすべて注ぎ込んで
武器と防具を購入し、冒険者になることに決めた。
冒険者になって古代の財宝を手に入れたり、危険なモンスターを討伐したりして名を上げれば、
その内領主に認められて、騎士になれるかもしれない。
勿論、そんなことがあるかどうかは判らないけれども、現状彼が考えられる、ただ一つの手段だった。
それに、力と体力には自身はある。度胸もある。喧嘩は兄たちにも負けたことがない。
何よりも彼は、未知なる冒険の世界へのあこがれもあった。
自分の力が世界で何処まで通用するのか―根底には、そんな思いが漠然とよこたえているのだ。
「ようし、やってやるぜ!」
シオンは自らを鼓舞するように、力強く言った。
「剣を握ってやってやるぜとは随分物騒じゃのう」
「?!」
気がつくと、側に1人のドワーフが立っていた。
がっしりとした体躯で豊かな髭をたくわえた、いかにもドワーフという感じの男だ。
使い込まれたベルト付きレザーベストを身につけ、背には大きなザック。
腰には色々な袋を取り付け、大きな戦斧を担いでいる。
その風体は鋼鉄の門ギルドの倉庫番人とは明らかに異なる。
「な、なんだいアンタは?」
「おおっと、こりゃ失礼したのう。
いやなに、お主がさっきから剣を見てニヤニヤしとるでな。ちと気になったんじゃわい」
そう指摘されて、シオンは思わず赤くなった。
確かに、剣を抱えてニヤニヤしているのは、とてつもなく怪しくて変だ。
「い、いや。俺は…その…」
しどろもどろに、弁解しようとするが、言葉が上手く出てこない。
そもそも一体全体何を言えばいいというのだろう?
しかし、ドワーフの男は「まぁ、おちつけ」と手をかざして、シオンを諫めた。
「お主は見たところ犯罪者の風でもなさそうだし、さしずめ…冒険者というところじゃろう?」
「あ、ああ…。そうだ、俺は冒険者なんだよ」
本当はまだ冒険者らしいことは何もしていないが、気分と身なりはもう冒険者だ。
「ふぅむ」
ドワーフは一つ唸ると、じっとシオンの事を値踏みするように見る。
それから「手と剣をみせてみぃ」と言ってきた。
「?」
シオンは言われたままに手と剣を見せてやる。
するとドワーフはシオンの手をジッと観察した後、いきなり剣を取り上げてしまった。
「あっ!」
「まぁまぁ」
慌てるシオンを尻目にドワーフはショートソードの握りの部分にまいてある皮をほどいてしまう。
「なにするんだよ!」
買ったばかりのショートソードをいきなり奪われた上にバラされて(?)しまい、
シオンは怒って抗議する。
しかし、いきなり暴力に訴えるようなことはしなかった。
「まぁ落ち着け。ほれ、もってみぃ」
ドワーフの男はシオンの抗議を涼しい顔で受け流して、
鞄の中から別の皮を取り出すと、それを新たに柄に巻きなおした。
それからショートソードをシオンに返してやる。
奪うようにドワーフの手からショートソードを取り返したシオンはふと奇妙な感触を得た。
「あれ…?にぎり…やすくなってる?」
剣が、先ほどよりも握りやすくなっているような感じだった。
「手にフィットする感じになったじゃろう?
武器屋で量販されとる武器といえど、ちぃと手を加えてやるだけで
ずいぶんと扱いやすくなるもんじゃよ」
そう言ってドワーフはニカッと笑った。
「あ…ありがとう」
シオンは突然の事に呆然としながらも、お礼を言った。
それにしてもこのドワーフは一体なんなんだろう?
「わっはっはっは!」
すると突然そのドワーフは豪快に笑い始めた。
さらに目を丸くして驚くシオン。
「いやいや、失礼失礼。
ワシの名はボルタス。元鍛冶屋の冒険者じゃよ。
冒険者…と言ってもお主とかわらぬ駆け出しじゃがな」
どうやらこのボルタスという男も、シオンと同じ新米冒険者の様だった。
しかしこれまでの経歴と人生との差が、同じ初心者冒険者であっても貫禄に違いを出していた。
「あ…俺は、シオンだ」
「シオンか。お主、まだパーティはくんでおらんのだろう?どうじゃ、ワシとくまんかね?」
「パーティを?」
パーティとは数名の冒険者で作るグループで、たいてい5、6名前後で構成される集団だ。
冒険者の仕事は千差万別イロイロあるが、要するに何でも屋であるわけだ。
様々な依頼をこなし、そして生き延びる為には多くの技術が必要になってくる。
その為に肉体戦闘に長じたファイター、魔法に長けたウィザード、様々なトラップに長じたシーフなど
それぞれの技術に長じた者達があつまって一つのパーティを組む。
1人だけでやっていくことが出来るほど、冒険者は楽ではないのだ。
だからパーティーメンバーの問題は実はシオンにとっては大きな問題だった。
少なくともこのギランで冒険者の仲間に誘えるような知人や友人はいなかった。
冒険者の集まる酒場に行けばどうにかなるだろう、と問題を先送りしていたのだ。
だから、このボルタスの申し出はシオンにとってはとてもありがたい物だった。
「どうじゃね?それとももう、人数はそろっておるのか?」
「いや、俺も仲間を捜していたところなんだ」
「おおっ、そいつはよかった!」
ガシッと、2人は手を握って握手を交わす。
「よろしくのう、シオン」
「ああ、よろしくボルタスさん」
2人の間には何か通じる物があったのか、視線をあわせて、一つ頷きあった。
ともあれ、シオンとボルタスはパーティを組み、冒険者のステップを一つ進めたのである。
「後は魔法使いも1人欲しいところじゃのう。とりあえず酒場にでも行ってみるとしよう」
「そうだな」
2人はどう見ても戦士系である。どんな依頼を受けるにしても魔法使いの仲間が欲しい所だ。
戦闘で傷ついた時、癒しの魔法があるか無いかでは生存率が違ってくるし、
何よりポーションを使うか使わないかで収入も大きく違って来るからだ。

「きゃあああああああっ!」
「うわあああっ!」
「モンスター?!」
2人が酒場の方に向かおうとしたその時だった。
突然広場のなかで人々の悲鳴が上がった。
『オオォォオオオッ!』
目玉のバケモノが3体、突然広場に現れていた。
広場で休んでいたり、往来していた人々はいきなりモンスターが現れたことでパニックになって
我先にとあわてて逃げまどい始め、大変な騒ぎになっていた。
「な、なんだありゃ?!」
突然の騒ぎにシオンはビックリして辺りを見回す。
すると、8メートルほど離れた場所に3体の目玉のお化けが浮いているのを見つけた。
「むぅ、あれはゲイザー!あんなモノがなぜ?!」
ボルタスも騒ぎの原因をみつけ、それがゲイザーと呼ばれるモンスターだと気がつき驚きの色を隠せない。
そもそも、突然街の中にモンスターが現れた事すら大事件である。
現れたゲイザー達はその大きな目から魔力の光線を放射する。
逃げ遅れた哀れな一般市民がその光線に巻き込まれると、たちまちの内に躰がマヒし動けなくなってしまう。
「いやぁああああ!」
「ひぃいいいい!」
「た、たすけてくれーー!」
人々は泣き叫び、わめきながら右往左往と逃げ回る。
広場の周囲にはガード達がいたものの、逃げまどう人の流れに押されてしまい、現場へと向かえない。
「ぬぅ、いかん!」
ボルタスはそう言うと、持っていたドワヴィッシュアックスを構えてゲイザーへと向かって走り出した。
「あっ!」
シオンはそこに残される形となってしまった。
俺も行かなければ。心ではそう思っているのに。けれども、躰が言うことを聞いてくれない。
ガクガクと足が震えているのが判った。
「ちがう、これは武者震いだ!」
誰に言うでもなく、1人、叫ぶ。
行かなければ。行って戦って、騎士としての、冒険者としての、最初の戦果を上げなくては。
「くそぉーっ!」
こんな所で、立ち止まっている訳にはいかないのだ。
一方、ゲイザーの方に走り寄ったボルタスは、マヒして固まった人々の前に回り込み
1体のゲイザーと対峙していた。
「往くぞ、バケモノォ!」
大きく声を張り上げ、自らに気合いを入れると共にゲイザーの注意を自らに惹きつける。
ブンと大きく斧を振りかぶり、力一杯たたきつけた。
『ギュルルゥオォオオォ!!』
グシャリ、と斧がゲイザーにブチ当たる。
ゲイザーは悲鳴のような声をあげたものの、まだ動ける様だった。
一見すれば目玉だが、ゲイザーには大きな目の他に、そこから生えた触手や牙の生えた口も持っている。
傷つけられたゲイザーは口を開いてボルタスに噛みつこうと襲ってきた。
「うおぅ!!」
ばっ、と身をかわしギリギリそれを避ける。
しかし、ゲイザーは鋭い身の返しでくるりとボルタスの方に向き直り、追撃を加えてきた。
「ぬぅ?!」
身をかわしたばかりで体勢を崩していたボルタスはそれに反応しても躰の動きがついてこない。
やられる。そう思った時
「ウィンドカッター!!」
マナの力を収束した風のチャクラムがどこからともなく飛来して、ゲイザーを強かに打ち付けた。
風の刃はゲイザーを切り裂く事は出来なかったが、その風圧で吹き飛ばし、
ボルタスへの攻撃を押しとどめる事に成功した。
「大丈夫ですか?!」
「おお、すまんの、たすかったわい!!」
白いローブを身に纏い、手に杖を持った金髪の青年がそこにいた。
少し線が細く、優男といった感じのヒューマン族の男性だ。
そのいでたちは、魔法使いのものである。
「まだ生きてます!」
青年はそう言ってゲイザーがまだ健在であることを注意する。
その言葉にボルタスはゲイザーの方へ油断無く構えなおす。
ゲイザーはボルタスの斧と青年の魔法を受けてかなりのダメージを受けている様だった。
「とどめじゃ!」
ボルタスが止めをさすべく攻撃を仕掛ける。
しかし、ゲイザーはそのボルタスに向かって真っ直ぐ直進すると体当たりを仕掛けた。
「なにっ?!」
ドゴン
「ぬおっ!!」
ボルタスはそのままはじき飛ばされ、背中から地面にたたきつけられた。
ゲイザーは倒れたボルタスはそのままに、真っ直ぐ青年の方へと向かって進んで行く。
「エネルギーボルト!」
青年はマナを収束し光の矢で応戦する。
しかし、ゲイザーは上に飛んでそれをかわすとそのまま青年に向かって襲いかかった。
「うわあああ?!」
魔法を放った後の隙をつかれ、かわすこともままならない。
「させるかああああああああっ!!」
だがそこに、シオンが走り込んできた。
ショートソードをおもいっきり振るい、上から襲い来るゲイザーを斬りつける。
『ギュオオオオオオッ!』
その一撃で、ぐしゃりとゲイザーの中央の目玉を破壊して叩き落とす。
「なめるなよ、バケモノめ!」
ハァハァと肩で息をしながら、シオンはゲイザーを睨み付ける。
「ありがとう!」
青年はにっこりと微笑んでシオンにお礼を言う。
シオンはそれに不器用に微笑み返した。ちょっと今は余裕が無い。
「遅いぞ、シオン!」
そう言いながらボルタスは立ち上がり、武器を構え治す。
『ギ、ギギギィ…』
弱々しい声を発しながら、ヨロヨロとゲイザーは浮かびあがる。
3人はゲイザーを取り囲み、止めをさそうとにじり寄る。
しかし、敵はこのゲイザー1匹だけではないのだ。
3匹のゲイザーが広場には出現していたのである。
「とどめだ!」
シオンがショートソードで弱ったゲイザーを突き刺そうとした瞬間、
残りのゲイザー2匹が仲間を助けるためにやってきた。
一匹が体当たりでシオンを突き飛ばすと、さらにもう一匹が鋭い牙でシオンに噛みついた。
「ぐあっ!」
躰を捻ってかわしたものの、左腕に深い切り傷を受ける。
「シオン!」
ボルタスが叫び、シオンのフォローをするべく近くに走り寄る。
しかし、ゲイザーは強敵だ。
1匹で苦戦していたのに、3匹に増えて勝てるのだろうか?
しかし、ここで逃げるわけには行かない。倒れるときは前のめりだ。
「大丈夫ですか?傷をみせて!」
あわてて魔法使いの青年がシオンの所に行く。
そうして傷口に手をかざすと
「ヒール!」
癒しの魔法でそのダメージを治してみせる。
「すごい、傷が治った…」
もはや痛みもなく、傷はすっかり治っていた。
その間に、ゲイザー3匹はすっかりと3人を取り囲んでいた。
ぐるぐると周囲を浮遊し、いつでも襲いかかれるタイミングを狙っている。
下手に動けば、背後から襲われてしまうだろう。
「ぬぅ」
ギリリとボルタスが歯ぎしりする。
3人はお互いに背をあずけて、周囲のゲイザーと対峙した。

その時、シオンは空から舞い降りる一つの人影を見た。
それは、どこか幻想的で、すごく美しいもののように感じた。
ガスン!!
その人影は、上からの跳び蹴りでゲイザーの一体を思いっきり蹴りつける。
『キュオオオオッ?!』
したたかに地面にたたきつけられて、バウンと地面に弾んで転がるゲイザー。
全員の視線が、その人影に注がれた。
空から舞い降りた、闇の天使。
「おいで…私が遊んであげる」
その正体はファナンだ。
口元に微笑みを浮かべて、おいでおいでと手招きしてゲイザーを挑発する。
『キュオオオオッ!』
ファナンの事を明かな脅威と認めたらしいゲイザー達が一斉にファナンに襲いかかる。
「ふふん♪」
しかしファナンは神速の身のかわしでゲイザーの攻撃をすべて避ける。
くるりと躰を回転させて飛びかかるゲイザーをいなすと、
シースに収めたダガーを抜きゲイザーの躰に突き立てた。
『ギイイイイィ!』
ダガーを引き抜き、思いっきり蹴りつける。
後ろから襲いかかろうとしていた別のゲイザーの攻撃も
後ろに目があるかのように難なく避ける。
『オオオオオッ』
ゲイザーがカッと巨大な目を見開き、魔力の光線を放つ。
さすがに光線を回避する事は出来ない。
けれども、ファナンはそれにレジストして効果を無効化してしまう。
「残念でしたー」
いいながら、ダガーをその大きな目に突き立てる。
その鋭い一撃はずぷずぷと深くまで貫いていく。
ぷちぷちと肉を切り裂き、ぴゅーぴゅーと体液がほとばしる。
返り血を浴びることもかまわずに、ファナンを一気に奥深くまで貫くと、1体のゲイザーを屠る。
さらに続けて残ったゲイザーも、切り裂き、貫き、息の根を、止めた。
「おしまい…と」
ふぅ、と小さく溜息をついてダガーをシースに戻す。
まるで朝食前の軽い運動でもしたかのように、ファナンは息も乱さず汗もかいていなかった。
彼女にとっては、おやつ(バナナ)の後の軽い腹ごなしと言ったところだろうか。
「う〜んっ」
ぐぐっと一つ伸びをして、それから躰に浴びたゲイザーの体液をごしごしと拭い始めた。
「うわあ、べとべとになっちゃったよ〜」
これはちゃんとお風呂に入った方がいいな、と思った。
それで躰の汚れについては後回しにして、ファナンは3人の方に向き直った。
「大丈夫だったかな?」
ファナンの実力に呆然と見とれていた3人ははっと我に返る。
一番最初に口を開いたのはボルタスだ。
「助太刀感謝するぞい。お主もな」
そう言ってファナンと魔法使いの青年にぺこりとお辞儀をする。
シオンもあわてて
「ありがとう、ホントたすかったよ」
とお礼を言った。
「いやいや、僕の方こそ、ありがとうございました。
格好良く助けにはいったつもりだったんだけどなぁ…」
魔法使いの青年は頭をポリポリとかきながら、明るく笑ってみせる。
そうやって4人が話していると、ドヤドヤとガード達がやってきた。
騒ぎは既におさまっており、広場に残っているのは4人と、
ゲイザーの光線でマヒして動けなくなった人々だけだった。
そこにようやくシティガード達が駆けつけてきたのである。
「あー、もう片づきましたよ…」
魔法使いの青年がガード達に話しかけようとすると
一斉にガード達は武器を構え、4人を取り囲んだ。
「?!」
「この騒ぎの原因はキサマ等か!!」
警備兵の隊長らしい人物が詰問をする。その視線は主にファナンに向かっている。
ファナンは両手を上げて抵抗の意志がないことを示してはいたが、
不愉快そうな顔をして、隊長の質問には答えなかった。
「なっ…ちょっと待てよ、オレ達は…!」
あまりの事にシオンがくってかかろうとする。
が、それを押しとどめ
「確かに騒いでおったのはワシ等じゃが、モンスターの出現とは無関係じゃぞ?
むしろワシ等はそのモンスターと戦っておったのじゃよ」
ボルタスが警備隊長へ状況を簡単に説明する。
「それを信じろと言うのか?ドワーフの言うことを?
それに、そいつはダークエルフではないか!」
「ええええええっ?!」
その言葉に一番反応したのはシオンだった。
「だ、ダークエルフ?」
そしてまじまじとファナンのことをみやる。
シオンは今までダークエルフというものを見たことは無かった。
噂で聞いたことくらいはあったが、もっと恐ろしい姿をしていると思っていた。
「ゴホン」
頓狂な声をあげたシオンに話の腰を折られた隊長が一つ咳払いをする。
こんな騒ぎが起きたのに、犯人を取り押さえられなければガードの名折れだ。
兎も角怪しいやつを捉えねばならない。証拠は後で見つけてくればいい。
「兎も角…一緒に来てもらおうか」
有無を言わさぬ強い口調。もはやファナンを犯人と決めつけているような言い方だった。
「待ってください」
そこに口を挟んだのは魔法使いの青年だった。
「僕はギラン魔術学校の5年生のタリス・ワイズマンです」
言いながら、魔術学校生の証であるメダリオンを取り出してみせる。
「僕はずっと見てましたけど、このひとは関係ありませんよ。
僕たち4人はみんな、たまたま近くにいて巻き込まれただけです。
一緒にモンスターに応戦していただけです。
もし犯人だったら、もうとっくに逃げてるんじゃないですか?」
「む…」
タリスの弁に隊長は口ごもる。
魔術学校はギランでもそれなりに大きく権威もある場所だ。
メダリオンは本物の様だし、そこの生徒となれば身分もしっかりしている。
「あ…」
と、警備兵の1人がなにかに気がついたらしく隊長に耳打ちする。
「…あのダークエルフの娘、スタインフォルツ家の…」
「…なに?それは本当か?…」
ボソボソと小声でなにか言葉を交わす。
それから隊長はおもむろにファナンに向かって
「おい、そこのダークエルフ!名前はなんという?!」
と、高圧的な口調で問うてきた。
「ファナン」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「ッ!何だキサマその態度は!!」
その言い方が気に入らなかったのか、隊長は拳をふりあげ、思いっきりファナンを殴りつけた。
「あっ」
ゴスンッ
「!!」
しかしその拳は、シオンの顔に命中した。
素早く回り込んだシオンが身を挺してファナンを庇ったのだ。
「女の子に手を上げるは、騎士のする事じゃ、ないんじゃないのか?」
痛みなど、おくびにも顔に出さずに隊長の事をにらみ返して言う。
「…ッ!」
その言葉に隊長は何も答えず、部下の1人に何か伝令を出した。
それを受けた警備兵は駆け足で何処かへ走っていった。
その後、沈黙が続いた。
隊長はイライラとしながら何か待っているようでもはや何も言ってこなかった。
4人もただ黙って待った。
そうして暫く待っていると、やがてざわざわと警備兵達がざわめきだした。
広場の方に3つの人影がやって来るのが見えた。
1人は先ほど走り去ったガード。
残りの2人はそのガードに連れられてきた人物達だ。
1人はヒューマン族の女性。
年の頃18くらいで目鼻立ちの通った美人だ。
きめ細やかな白い肌、理知的な蒼い双眸、艶やかなルージュの唇。
黒髪のロングヘアーがその女性的な美しさを増している。
スカート部分に腰の高さまでスリットが入っている白のキャミソールドレスに
上質のショールを纏い、手には扇子を持っている。
スリットから覗く脚はスラリと長く、扇子をもつその指先は細く美しい。
その豊かな胸を誇るように背筋を伸ばし上体をややそらし、堂々とした姿を魅せている。
もう1人はエルフ族の少女。
こちらも透けるような白い肌に淡い空色の瞳をした美少女だ。
見た目の歳はヒューマンの女性よりも幼くて14、5歳と言った所だろうか。
艶やかな金髪を三つ編みにまとめおさげにしている。
背もヒューマンの女性より低い為一層幼く見える。
しかし、大きく膨らんだ女性的部分は隣の女性に負けていない。
そして、エルフ族の民族衣装ではなくメイド服に身を包み、
ヒューマン族の女性に付き付き従う様に立っている。
「ご苦労様」
凛とした声で女性が隊長に話しかける。
「アリア・スタインフォルツ様ですね?」
「ええ」
「早速ですが、ダークエルフを1人保護しておられるそうですね?」
言いながら、隊長はファナンの方をみやる。
アリアはちらりとファナンの方を見てから
「ええ、しているわ。あの子が私のファナンだけれど、何か問題がありまして?」
しれっと。それはもう当然の様に。あっさりと言い放つ。
「私がファナンの後見人です。ファナンに何か疑いをかけるというのなら、
それは我がスタインフォルツ家に対して疑いをかけるのと同じこと。
一体如何なる容疑でもって、ファナンの身柄を拘束するというのかしら?」
「う…」
アリアの持つ王者の相とでも言わんばかりのカリスマ性が警備隊長を圧倒する。
「あの4人の身柄は、私が保証いたしましょう。
もし何かあればスタインフォルツ家が責任をとりましょう。
それでよろしいですわね?」
アリアと警備隊長の視線がぶつかる。
一瞬の後、警備隊長は4人の身柄を解放することにした。
「…わかった。おい!」
今でこそ大きな権力を持っていないにせよ、スタインフォルツ家は歴としたギランの貴族である。
若い女当主に大きな顔をされるのは気にくわなかったが、家で責任を持つとまで言われたら仕方ない。
警備隊長は渋々顔で、部下に命じてファナン達の戒めをとかせた。
そしてガード達は数名の見張りや現場の処理をする者達を残して引き上げていった。
「それでは、失礼いたします。ですが、先ほどの言葉お忘れないように願いますぞ!」
去り際に隊長は忌々しそうにそう言葉を残していった。

「ハッ、ケツの穴の小さい男だこと!」
ガード達がいなくなってから、アリアは開口一番毒づいた。
しとやかで上品な貴族の女性だと思っていたシオンやタリスは
驚いて目を白黒させている。
ボルタスはそんなアリアの性格が面白そうにニヤリと笑った。
「アリア…ごめんね」
ファナンはしゅんとして、アリアに頭を下げる。
アリアは微笑んでそんなファナンを抱き寄せた。
それから頭を撫でてあげながら、優しく囁く。
「何言ってるの、気にしないでいいのよ」
大切な恋人を慈しむかのように、よしよしと可愛がってあげる。
「あ、だめ。私の躰汚いよ。モンスターの返り血がついてる」
「気にしない、気にしない。
それより、モンスターと戦って平気だった?怪我とかしていないでしょうね?」
いいながら、アリアはファナンの躰をあちこちぺたぺた触る。
「うん、平気だよ」
「なら、いいわ」
アリアは暫くファナンのことを抱きしめて満足したのかぱっと離れると、
今度はシオン、ボルタス、タリスの方に向き直り丁寧で気品のある調子で話しかけた。
「この度は私のファナンがお世話になったようですね。
スタインフォルツ家として感謝を申し上げます」
そうして深々とお辞儀をする。
「いえいえ、とんでもありません!
むしろ助けてもらったのは僕らの方で…」
慌ててタリスがそう言って、どうか頭を上げてくださいと言う。
「ホント、やばいところを助けてもらったんだ。
こちらの方こそありがとう」
そう言ってシオンはペコリと頭を下げる。
ファナンは笑って
「いいよ、お礼なんて。
それより、さっきは警備隊長から庇ってくれてありがとね」
それを聞いたアリアがどういうことか尋ねる。
「え、いや、その…」
シオンはとりあえず、あったことを掻い摘んで話した。
途中、タリスが適時フォローしてくれたりしたが。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
何か地鳴りが聞こえるような気がする。
「あぁんの、木っ端役人がぁああああ!
私のファナンに手を上げたですってぇえええ?!」
「いや、実際に殴られたのは俺だって」
しかしシオンの言葉はもはやアリアにはとどいていない。
「面白いお嬢さんじゃのうー」
その様子をボルタスはのんきに眺めていた。
ちなみにシオンとタリスは戦々恐々と成り行きを見守るしかなかった。
「エルフィー」
アリアはずっと傍らに控えていたエルフの少女に声をかける。
「はい、ご主人様」
「あの男の素性、素行、その他もろもろ探ってきなさい!
そしてあらゆる弱みを見つけだして、逆らえないようにしてやるのよ!!」
「かしこまりました」
エルフのメイドは主人の無茶苦茶な言いつけに驚いた風もなく、
お任せくださいと言い残してその場を去っていってしまった。
「わっはっはっはっはっは!」
ボルタスがついには我慢できなくなって愉快愉快と大笑いする。
「あ、これは失礼を。恥ずかしいところをみせてしまいましたわね」
そう言ってアリアは扇子で口元を隠してほほほと笑う。
「いやあ、ワシもこれまで色々な人間とつき合ったが
お嬢さんの様な面白い人に出会ったのは久しぶりじゃわい」
「あら、それは褒め言葉として受け取っていいのかしらね?」
「もちろんじゃよ。おおっと、忘れておったがワシの名前はボルタスじゃ。
あらためて、助けていただいてお礼を申し上げる」
そう言ってボルタスは深々と頭を下げる。
「俺の名はシオンです。ありがとうございます」
「僕の名前はタリスです。ありがとうございました」
シオンとタリスも続いて自己紹介とお礼を言う。
「そうね、改めて。
私はアリア。アリア・スタインフォルツ。
現スタインフォルツ家の当主を勤めております。
こちらはファナン。我が家の大切な客人です。
先ほどのメイドはエルフィー。
皆様どうぞよしなにおねがいしますわ」
アリアも優雅な身のこなしで改めて自己紹介をする。
紹介されたファナンもぺこりとお辞儀をして挨拶に代えた。
「さて、まぁこんな所で立ち話もなんですし、皆様どうぞ我が家においでなさいな。
さしておもてなしも出来ませんが、夕食などご馳走いたしますわ」
それからアリアは皆を家へと招待した。
「え…?いや、でも」
その申し出にシオンは戸惑った。
貴族のお屋敷になんて、自分が行っていいのだろうか?
しかし、ボルタスとタリスは喜んでその申し出を受け入れた。
単純にアリアの事を気に入ったボルタスと
貴族の屋敷を見てみたいという好奇心にかられたタリスは断る理由が無かった。
シオンも積極的に断る理由はなかった。
ボルタスが行くというのだから、その申し出を受け入れることにした。

ギラン西の住宅街にスタインフォルツ家の屋敷はあった。
決して大邸宅とは言えないものの、2階建てで庭もある立派な館だ。
「どうぞ」
アリアが皆を館に招き入れる。
すると玄関ホールに1人の老紳士が立っていた。
「お帰りなさいませお嬢様」
すらりと背が高く、立派な口ひげをたくわえた、ヒューマン族の初老の男性だ。
おそらくこの館の執事なのだろう。
背筋は真っ直ぐと伸び、黒いスーツを見事に着こなしている。
「ただいまセバスチャン」
「いえお嬢様、私の名前はアーサーです」
「そうだったわねセバスチャン。
それよりお客様なの、案内してくれるかしら?
あとお風呂の準備はできてるかしら?」
「はい、かしこまりましたお嬢様。
お風呂の準備は出来ておりますのですぐに入ることが出来ます。
それから、私の名前はアーサーです」
「ご苦労ね、セバスチャン。
ファナン、おいで。一緒にお風呂に入りましょう。
まずは汚れをおとさないとね。
皆様、申しわけありませんが暫くお待ちくださいませ。
案内はこの執事のセバスチャンがしてくれますわ」
「お任せくださいお嬢様。
ようこそ皆様。スタインフォルツ家においで頂き歓迎いたします。
私の名前はアーサーです。御用があれば何なりとお申し付けください」
「ど、どうも、おじゃまいたします…」
怒濤のやりとりに3人は呆気にとられながも、アーサーに案内されて客間に通された。
屋敷の中は質素で落ち着いた雰囲気だった。
貴族の屋敷らしく色々と調度品はおいてあるのだが、どれも派手すぎず品の良い品揃えだ。
「はぁ〜これが貴族の屋敷ってもんか〜」
シオンはしきりに感心しながらあちこちキョロキョロ見回す。
田舎から出てきた彼にとっては、見るものすべて珍しく思えた。
「ははは、それほど大した物ではありませんが」
それでは暫くお待ちください、と言ってアーサーが退室する。
暫くすると、メイドの少女が紅茶とお菓子を運んできて3人に振る舞う。
「今暫く、お待ちくださいませ。
それまで、どうぞおくつろぎ下さい」

1時間ほどすると、アリアとファナンが客室に現れた。
2人ともお揃いの淡い紺色をしたカシュクールのワンピースドレスを着ている。
しかもベアバックでずいぶんと色っぽい格好だ。
「お待たせいたしました」
アリアはニッコリと微笑んで、改めてようこそスタインフォルツ家へと挨拶した。
3人はすでにアリアの本性らしき物を垣間見ていたせいか、
その笑顔がもの凄く怖かったが、とりあえずそんなことはおくびにも感じさせないようにしながら
招待されたことを光栄に思うと挨拶をかえした。
「ずいぶんと盛り上がっていた様ですけど、何をお話になっていたのかしら?」
女性陣がやってきたとき、男性陣はなにやら話で盛り上がっていた。
その声を聞いたアリアは話題が気になったらしい。
「実はですね」
その問いかけにタリスがちょっと興奮気味に応える。
「さっきのモンスターが現れた事件。
あれを僕たちで調査して犯人を捕まえたいって話してたんですよ。
聞けばシオンさんもボルタスさんも冒険者になったばかりだそうで…
実は僕もまた冒険者になったばかりの口なんですよ。
それで僕らでパーティを組んで事件を解決できないかなって」
それにシオンが同意して言う。
「それに、ガードの連中にぬれぎぬをきせられたしな。
連中の鼻をあかしてやりたいってのもあるし」
シオンとタリスは俄然やる気でいるようだった。
しかし、ボルタスは少し渋い顔をしていた。
「しかしのう、確かに気にくわん出来事じゃし、出来ればワシ等の手で解決したいが…」
そう言って言葉尻を濁す。
それを聞いていたアリアはああ、と納得したように頷いた。
「なるほどね、たしかにそれは面白そうね。
貴方達の身柄は我が家が保証しているのだし、私としても無関係じゃないわ。
そうね、是非とも解決しましょう。
で、ボルタスさんは調査に赴くとしても依頼人がいないから、それを気にしている訳ね?」
「あ、いや…。
うむ、まぁ…アリア嬢ちゃんには隠し事はできんなぁ」
ぺしぺしと額をたたいて、ボルタスはばつが悪そうに答える。
「いいわ、私が依頼人になる。報酬は1人5000アデナでどうかしら?
前金2500の成功報酬で2500ね」
「む、いや、そういうつもりで言ったわけでは無いのじゃが…」
「気にしないでいいわ。それとも、この額では不服かしら?」
「いやいや、とんでもない。是非ともそれでお受けしたいとおもいますぞ!」
すでにボルタスはアリアに逆らうことが無駄であることを悟っていたので、その条件でうけることにした。
5000アデナあれば1ヶ月ちかくは暮らせる額だ。
もちろん、質素に暮らせばだが。
しかし、新米冒険者の報酬としては充分な額だろう。
「僕もそれでかまいませんよ」
「ああ、俺もだ」
シオンはいきなり5000アデナもの大金が報酬にでると聞いて、内心ドキドキしていたが
金銭の問題よりも、ついに冒険者らしくなってきたことの方が嬉しかった。
中央広場の平和を乱した謎のモンスター。何故モンスターが現れたのか?
その謎を突き止め、背後に何者かがいるのならその者を捕らえる。
そうすれば一歩名声が高まり、騎士への扉に近づくかもしれない。
「よしっ!絶対解決してやるぜ!」
「ええっ、がんばりましょう!」
「うむ、やってやるかのう」
そういって3人が一致団結したところで、
アリアはアーサーに命じて前金を用意させると3人に手渡した。
「それじゃあ、お願いね。
あ、そうそう、一応調査報告は毎日できるだけしてちょうだい」
「ええ、わかりました」
「さて、では。
貴方達のパーティ結成を祝うという名目で夕食と行きましょう。
テーブルマナーとか細かい事は気にしないでいいから、楽しくやりましょう」
そう言ってアリアは皆を食堂に案内した。
一行は出てきた食事を美味しく平らげつつ、あれやこれやと話をした。
アリアとタリスはなにやら歴史や劇作家の話でもりあがり、
シオンとファナンはボルタスの話してくれる武器職人時代の話に耳を傾けていた。
「それでのう、ワシは伝説の武器を作るために冒険者になったのじゃよ」
「へぇ〜なるほど〜」
ボルタスの話は面白く、吟遊詩人でもやっていけるのでは無いかと思えるほどだった。
また、ボルタスはこれまでの旅の途中に集めた珍しい鉱石を見せてくれた。
武器や防具を作るのに充分な量があるわけでわないが、ボルタスの趣味の収集品ということらしい。
そのあたりはやはりドワーフ、ということであろうか。
ミスリル原石やランプメタル、魔力の石に精霊の玉…
そのなかにファナンの目をひくものがあった。
「あ…」
黒魔石である。
「うむ?この石かね?」
ファナンの様子に気がついたボルタスが黒魔石を手にとってみせる。
「この鉱石は非常に珍しいものでのう、ワシも今まで見たことがなかったんじゃが。
たまたまドラゴンバレーでみつけてな。
しかし、武具を作るにはちと、向いておらん石じゃな」
それから今度はこの石を拾ったときの冒険譚を話し出した。
そうして瞬く間に時間は過ぎ、ついにはお開きの時間となった。
シオン、ボルタス、タリスの3人は翌朝モーリの酒場で落ち合う約束をしてそれぞれの宿に帰っていった。

「んん…」
チチチチチ…
外から鳥のさえずりが聞こえる。
ファナンはまどろむ意識のなか漠然と朝が来たことを感じた。
起きなければと思う反面、もうすこし寝ていたいという思いもある。
睡眠と覚醒の境界線、静と動、死と生、闇と光―2つの狭間にある宙ぶらりんな感覚。
「ううん…」
もぞもぞとベットのなかで身じろぐと、ぴとっと肌に温かい感触が伝わった。
「あ…」
それはとなりで眠っていたアリアの人肌の感触だった。
「むぅ…」
アリアの方も浅い覚醒を向かえたのか、もぞもぞと動き始める。
「うー」
ぼーっとした様子でうっすら目を開けたアリアは、とろんとした調子ですぐ隣にいるファナンをみつめた。
「おはようアリア」
そんなアリアにファナンはおはようの挨拶をする。
「ん…おはよう…」
眠い目を擦りながらアリアはやっぱりぼーっとして挨拶をかえす
「…」
それからじーっとファナンの事をみつめる。
最初アリアはなんでファナンが自分のベットで一緒に寝ているのか判らなかったが
眠りから覚めてくるにつれて、だんだん昨日の記憶が戻ってきた。
「あぁ…そういえばあのまま寝たんだっけ…」
アリアのその呟きにファナンはコクンとだけ頷いてこたえる。
「ううん…」
アリアはベットの中で大きく伸びをすると、今度こそすっかりと眠気を追い出す。
「ふぅ…。改めて。おはよう、ファナン」
そうしてアリアはファナンの事を抱き寄せると、おはようのキスをする。
それから上体を起こすと、ベットわきのテーブルに置いてあるベルに手を伸ばしチリンとならした。
するとドアがノックされ「失礼します」との声と共にエルフィーが部屋に入ってくる。
「おはようございますご主人様。…とお姉さま」
エルフィーはベットの2人にむけてペコリと頭を下げて挨拶をする。
「おはようエルフィー」
ベットからおりながら、アリアが挨拶する。
「エルおはよー」
ファナンもベットの中から挨拶をかえした。
エルフィーは2人が一緒にいることを特に気にした風もなく、
てきぱきと用意した衣服をアリアに着せていく。
その様子をファナンはじーっとベットから見ていた。
エルフィーはアリア付きのメイドで身の回りの世話を全部している。
一体如何なる理由でこのエルフの少女がヒューマン族の貴族のメイドをしているのか?
エルフ族がヒューマン族の街で暮らしていることはそれほど珍しい事ではないが
エルフの少女がメイドをしていると言うのはまずほとんど無いことだ。
ファナンがギランにやってきた半年前からすでにエルフィーはアリアに仕えていた。
そして多分もっとずっとまえから仕えているのだろう。
ファナンにはこの2人の間に、なにか強い絆の様なものがあるのを感じていた。
アリアはファナンにもすごく良くしてくれる。
昨日の夜も、偏見で虐められた事を慰めてくれた。
けれども、それはファナンがアリアの『お客さん』だからではないのか。
ファナンはアリアの弱い部分を見たことが無い。
それは、心を全部許してくれている訳ではないからではないか。
いかに傍若無人なアリアと言えども人の子だ。
常に強くいられるはずがない。
だからどこかで、ため込んだ物を吐き出さないといけない。
そして、そういった色々なものを受け止めてあげられるのがエルフィーなのではないだろうか。
そんな事が頭をよぎって、ファナンはなんだか悲しい気持ちになった。
(私は誰かの大切な人になれるのかな…)
ふと、心にそんな思いが浮かぶ。
血塗られた道を歩いてきた自分が、アインハザードの祝福から見放されたダークエルフの自分が、
(…)
どうなのだろうか。
なんとなく想像できなかった。
だいたい、なんで自分はこんな事を考えているのだろう?
こんな事は、こんな考えは、昔は思いもしなかった。
何故だろうか…。
…。
わからない。
虚しくなるので、このことを考えるのは止めることにした。
「どうしたの、ファナン?」
ファナンの様子に気がついたアリアが声をかける。
「え?ううん、なんでもないよ」
そう言って明るく笑ってみせる。
「そう?」
アリアは何か言いたげだったが、深くは詮索してこなかった。
「…ご主人様は酷い人です…」
ボソリと、それは小さな声で、エルフィーは言葉をもらしたが、アリアはそれを聴き取れなかった。
「え、なに?」
「いいえ、なんでもありません。
それよりも、ラルフィス・ハンセン…例の都市警備隊・第4隊隊長の素行ですが…」
「何か弱みになるようなものを見つけた?!借金とか、浮気とか、実はホモとか」
わくわくとしながらアリアは問い返す、しかしエルフィーは少し表情をかげらせて言う
「いいえ、昨日一日ではそう言ったことは…」
「そう…。まぁ仕方ないわね」
「ですが、ガード達の間でもあまり評判の良い人物ではないようです。
また、最近金回りが良くなったそうですので、借金はないかと思われます」
「金回りがねえ…」
ドックレースで一山あてでもしたのだろうか?
あるいは誰かから賄賂でももらったか?だとすれば、それはなかなか良い弱みになるかもしれない。
けれども、それがもし賄賂だとしたら、誰が、何の為に?
「わかったわ。エルフィー、もう少し調べを進めてくれるかしら?」
「はい、かしこまりましたご主人様」
きゅっ
そうやって話している間に着付けが完了した。
「さ、次はお姉さまの番です」
アリアの着替えを終えたエルフィーが今度はファナンの着替えに取りかかろうとする。
「えー?いいよ、私は」
「だめです」
きっぱり。
「えうー」
何がどうダメなのか全くわからなかったが、仕方なく着替えをしてもらうことにした。
と、言ってもファナンの普段着はとてつもなく少量なので、一瞬で終わってしまうが。
(…そういえば何でアリアのクローゼットに私の服とかもしまってあるんだろう???)
ふとファナンは疑問を感じたが、恥ずかしくなるのでこのことを考えるのは止めることにした。

アリアから依頼を受けた翌日、シオン、ボルタス、タリスの3人は早速事件の調査にあたっていた。
まずは情報収集である。
昨日の事件で不審な人物を見かけた者がいなかったか、中央広場で目撃者探しを行う。
その役にはシオンとボルタスが当たることになり、タリスは魔術学校で色々と文献を探ることになった。
突然モンスターが出現するなど、魔法の力が関与しているとしか思えないからだ。
そうして一行は朝からそれぞれの情報収集に出かけていき、昼過ぎに酒場で落ち合って情報交換することにした。
ざわざわ…。
モーリの酒場は多くの冒険者で賑わっている。
1階が酒場、2階から上が宿泊施設となっている一般的な宿屋だが
中央広場からそれほど遠くない場所に建っているこの店は多くの冒険者達の集う場所だ。
ギランには他にもいくつも宿屋があるが、それらは一般の旅行者や行商人達が利用するものだったり
あるいは貴族が利用する高級ホテルだったりする。
その中にあってモーリの店という名で知られるこの旅館はそれらと毛色が異なって、
ギランを拠点に冒険する荒くれ者達のたまり場となっている。
1階の酒場にはたいてい朝から何名かの冒険者グループがテーブルについて
今後の冒険の方針や、冒険で手に入れた財宝の分配、あるいは依頼人と交渉をしたり、
仲間と待ち合わせていたり、暇をもてあましたりしている。
シオンとボルタスは店の奥の小さな一角のテーブルに座って軽くエールを飲んでいた。
「ああどうも、遅くなりました」
そこにタリスがやって来る。
「おお、チョイと先に燃料補給させてもらってるぞい」
ボルタスがジョッキを上げてタリスを出迎える。
シオンも片手を上げて挨拶した。
「ああ、じゃあ僕も飲み物をもらおうかな」
そう言ってタリスはウェイトレスにミネラルウォーターを注文する。
「なんじゃい、水か?」
「ええ、お酒は昨日アリア様の所で楽しみましたからね。
それにここの水はオーレンから運ばれた冷たい水なんですよ」
硬質の美味しい水との事で結構人気があるらしい。
飲み物の他に食事も注文し、一行は昼食を摂りながら集めた情報の交換を始めた。
「まあ、まず僕からいきましょう」
そう言ってタリスは鞄から便箋の束を取り出してそれに軽く目を通しながら話し始める。
「まず、昨日現れたモンスターですが、ゲイザーと呼ばれるモンスターの一種で
カローラ・ゲイザーと呼ばれるタイプのものみたいです。
本体にある目から麻痺光線を放ちますがそれ以外には特殊能力はないようです。
普通は遺跡や湿地帯など人間のあまり立ち入らない場所に生息してる様ですね。
ですから、まちがっても街の中に突然出現するようなことはありえません。
次にモンスターが突然出現する可能性についてですが、
7レベルの魔法に【サモンモンスター】という召喚魔法があります。
これはモンスターを呼び寄せて使役するというかなりの高レベル魔法です。
でも少なくともギランの魔術学校にこの魔法の使い手はいませんし、
修得するための魔法書も無いという話です。
それに、文献によれば召喚できるモンスターの中にゲイザーはいません。
もう一つの可能性としてはパインワンドと言われるマジックワンドがあります。
これもモンスターを召喚する代物で一振りするとモンスターが現れるちょっと危険なものです。
古代の遺跡などでまれに発見されたり象牙の塔で魔法研究の為に作成されていたりするそうですが…
少なくともゲイザーが出てくるものは今まで前例がありません。
ただ、今言ったように象牙の塔で研究はされている物ですから、
何者かが、ゲイザーを呼び寄せることが出来るパインワンドを作ったのかもしれませんし、
あるいは偶然にもゲイザーを呼び寄せる新発見のワンドを遺跡から見つけたのかもしれません。
とりあえず、僕の調べた所は以上です」
突然出現する可能性の最後の一つとしてテレポートの魔法がありえるが、
ゲイザーはこの魔法がつかえないので除外した。
シオンとボルタスは「ほ〜」としきりに感心しながらタリスの話を聞いていた。
流石魔法使い、知識に詳しいものだ。
「では、次はワシの方かの」
ボルタスはもくもくと口の中の肉を食べ終わると一口エールを飲んでから話し始める。
「結論から行くと有力な手がかりはなしじゃな。
まあ、胡散臭い者を見かけたというのはあるが場所が場所じゃし。
何かをしでかした所を見ておった者はおらんかったのう…」
「俺の方も似たようなものだな」
ボルタスの後をシオンが次いで話す。
「あんまり犯人に繋がりそうな話はきけなかった」
「そうですか…」
2人の話にタリスが少し残念そうに頷く。
「ああ、そうだ。でも、ひとつ奇妙な話をきいた」
「奇妙な話ですか?」
「ああ、モンスターの出現と直接関係あるのか判らないけど、
昨日の騒ぎの後何人か行方不明になった人がいるらしい」
「神隠し…ですか」
「詳しいことは判らないけど、行方知れずなんだそうだ」
「なーんか、イヤな予感がするのう…」
それを聞いてボルタスがむぅと唸る。
「騒ぎに乗じて誘拐でもやった奴がいるのかもしれない」
シオンが思いついた考えを口にする。
「ええ?でも、あの突然の混乱の中でいきなり誘拐だなんて…」
「いや、むしろ大混乱じゃったからこそ、誘拐がしやすかったんではないかの?」
シオンの言葉に驚いたタリスだが、ボルタスのその一言でサッと顔が引き締まり何かを思考する。
「でも、それだと誘拐をする為に騒ぎを起こしたってことになりませんか?逆に。
だって、あの突発的な状況でいきなり誘拐をしようだなんてそうそう出来る事じゃないですよ。
むしろ逆に騒ぎが起きることを知っていたから、それに乗じて犯行を行ったって可能性の方が高いです」
「あー、自分で誘拐って言い出しといて何だけど、いなくなったのは何人かいるらしいぞ」
「え?それって下手をすると昨日の事件って組織犯ってことじゃないですか!」
思わず興奮し、大声を上げるタリス。
酒場の視線が一瞬3人のテーブルに集中する。
「あ…ごめんなさい…」
しかしすぐに他の冒険者達はまた自分達の話題にもどっていく。
冒険者の酒場ではそれほど珍しい事でもない。
喧嘩が起こった、というわけでは無いのなら我関せずだ。
「まー、何にせよ手がかりがたりんのう」
今のところまだ何も判っていない。
「兎も角、行方不明者の事もあわせて少し調べを進めてみましょう。
もしかしたら関係あるかも知れませんし、そこから何か判るかも知れません」
「そうじゃのう」
「Ok、判った」
そして3人は頷きあう。
「あっと、そうだ」
情報交換と今後の方針を話し合ってまた情報収集に出ようとしたところで
タリスは突然思い出したように、手をポンとたたいてシオンとボルタスを呼び止めた。
「忘れるところでした、これを」
そう言って、タリスは2人にそれぞれ緑色のポーション瓶1つと赤色のポーション瓶5つを渡す。
「これは?」
シオンが受け取った水薬を興味深そうに眺めながら見る。
「緑の方はヘイストポーション。飲むか浴びると身体が加速して通常よりも素早く動ける様になる物です。
赤い方はレッドポーションで、こちらも飲むか浴びるかすると傷を癒してくれる魔法の水薬です。
ちなみに飲んだ方が効果は高いですが、緊急の場合など飲む暇無いときは
素肌に直接ふりかけるだけでかまいません。レッドポーションの場合それが傷口である必要もありません」
「そりゃすごい!これ、もらってもいいのか?」
「はい。実は僕のお師匠様が昨日の事件を耳にしていて、
僕がいま冒険者として仲間とそれを調べてるって言ったらくれたんです。
お師匠様も魔法が悪用されているのではないかって、危惧しておられて、
それで僕たちには期待してくださってるみたいです」
一般に魔術学校では、低学年の内は基礎学習だけに留まるが
高学年となるとそれぞれの師匠の元について自由研究を行うことが多い。
1人の導師が何人かの生徒を受け持ち、彼等の育成を行うのである。
普通の魔法使い達はこの期間、研究室にこもって色々な実験を行い論文を書くものだが、タリスは違った。
これまで修得した魔術技術が実際にどれだけ役に立つのか、
今は失われ世界の何処かに眠っているとされる魔法書には何が書かれているのか、
学校の勉強では習わない、その他様々な物に対する好奇心が高まり
彼は冒険者となった。すなわち変わり種なのである。
しかし、そんなタリスを彼の師匠マスター・ゴンドワナは温かく見守り、成長を期待している。
タリスはそんな師匠の気持ちが嬉しくて、そして期待に応えたかった。
「ですからみなさん、がんばりましょう!」
皆を、自分を、鼓舞するように明るく声をあげるタリス。
「ああ、がんばろう!」
「うむ、そうじゃな」
それから3人は改めて酒場を出ると、再び情報収集の為に街へくり出した。

ファナンはいつものように昼過ぎになると屋敷をでて散歩に出かけた。
基本的に屋敷にいてもする事はあまりない。
アリアの剣の稽古の相手をしてあげたりする事もあるけれど、それもいつもあるわけではない。
午前中は本を読んだりトレーニングをしたりして時を費やす。
それから昼食をとってから、午後は散歩に出かけるというのが一つの日課になっていた。
様々な人々で賑わうギラン市場の雑踏の中。
混沌とした熱気に包まれたこの場所を歩いて回り
店先に出並ぶ物珍しい品々をウィンドウショッピングしていくのが楽しみだった。
そしてもちろん、ガウナーの店で購入する果物も楽しみの一つだ。
午後のおやつは人生を豊かにする。
アリアの言葉だが、それはあながち嘘ではないなあと思えてしまう。
「こんにちは〜」
いつもの様にガウナーの店に行き声をかける。
「いらっしゃい…」
しかし、かえってきたのはいつものガウナーらしからぬ疲れた声だった。
「ガウナーさん…どうしたの?」
「ああ…ファナンちゃんか…」
ファナンの顔を見てガウナーは力無く微笑んだ。
「いや、なんでも無いよ…。
今日は何を食べる?リンゴなんてどうだい?」
そのまま素っ気なく、品物を選んで勧めてくる。
「何でも無いわけ、ないよ。
だって、ガウナーさんすごく哀しそうな目をしてるもん」
ファナンはガウナーが差し出してきたリンゴを受け取らずに
真っ直ぐにガウナーの目をみて言った。
ガウナーはその視線を外して俯くと
「…そうかい?
まぁ、きにしないでおくれ。ファナンちゃんには…関係ないよ…」
そう呟いた。
「ッ!」
その言葉に、ファナンは言いようのない哀しみと怒りを感じた。
「関係無いわけないじゃないか!
私とガウナーさんは友達だよ?!
友達が困ってるのに、それが関係ないわけ無いじゃないか!!
それとも、やっぱり私はガウナーさんにとっては
友達でも何でもない、卑しいダークエルフの女なの?!」
そして、知らずの内に激情にまかせ口から言葉が飛び出ていた。
心の冷静な部分では、何でこんな事を言ってるのだろうか?と感じながらも
熱くドロドロとしていた感情が止めどなく爆発して、意志とは関係なく言葉になって出ていく。
「何で、みんな私を特別にするの?
何でみんな私に優しくするの?
私は…私は…」
知らず、頬に熱い物がこぼれていた。
ガウナーはファナンの様子に始めビックリして戸惑っていたが、
自分の発言がこの少女の心を傷つけてしまったのだと気がついた。
彼女がスタインフォルツ家に保護されていることはガウナーも知っていた。
そこの面白い女当主の話もファナンを通じて少しは知っている。
多分そこではファナンは良くしてもらっているのだろう。きっと楽しくやっている。
けれども、彼女の友達達は―自分も含めて―どこかで彼女を特別扱いしている。
―ダークエルフだから。
おそらく彼女はそこに疎外感を感じていたのだろう。
特別優しくしているつもりはなかった。
特別恐れる理由もない。
だけれども世間一般ではダークエルフは冷遇されている。
恐ろしいバケモノの様に思っている人だっている。
だけどどうだろう、ここにいるのは多感な女の子ではないか。
「ファナンちゃん…。ごめんな…。
心配をかけさせたく無かっただけなのに…私がふがいないばかりに…」
ガウナーはそっとファナンを抱き寄せて頭をよしよしと撫でてやった。
「………」
ファナンは暫くガウナーに躰をあずけて、感情の波が治まるのをまった。
どうも感傷的になっていたようだ。
…。
しばらくすると、ファナンは落ち着いた。
「ごめんね、ガウナーさん。なんか取り乱しちゃって」
「いやいや、おじさんちょっと役得だったからラッキーだよ」
「胸がむにゅーってあたって気持ちよかった?」
「そうだねぇ…っていやいやいやいやいやいや!」
「お尻もさわさわしてたもんね?」
「いやいやいや、そんなことしてないよ!」
「…えっち」
「かんべんしとくれよ〜、カミさんに殺されちまうよぉ」
「くすっ、冗談だよ。
それより、ガウナーさん何か悩み事があるんでしょ?私で良ければ相談にのるよ。
それとも、やっぱり私じゃダメ?」
上目遣いに後ろ手に組んでガウナーの顔を覗き込む。
こんな事の後にそんな仕草で迫られたら流石に話さない訳にはいかない。
それに、なぜだかガウナーの心も少しだけ沈んだ気持ちが解消されていた。
「ああ…じつはね…。
娘が行方不明になっちまったんだよ」
「ええっー?!」
それはとんでもない一大事だ。ガウナーが激しく沈んでいたのもうなずける。
「一体いつ?どうして?!」
いつ、と言うのは少なくとも昨日ガウナーと別れてから今日あうまでの間だろうが。
少なくとも昨日のガウナーには心配事などある様子はみじんも無かったのだから。
「昨日、ギランクロスの近くで怪物が出た騒ぎをしってるかい?」
「うん。…よく、知ってるよ」
「丁度その時、うちカミさんが娘と一緒に買い物途中で巻き込まれたらしくてねえ…
逃げまどう人々の波にのまれちまって離ればなれ、
落ち着いたあといくら探しても見あたらないんだよ。
おかげでカミさん、自分のせいだって責任感じてたおれちまうし、
ガードにも届けはだしたけどなしのつぶてだし、
もうどうしていいやら…。心配で心配で」
そう言って、はぁっと溜息をつく。
「…」
話を聞いていたファナンの顔に一つの決意のような表情が浮かぶ。
「…よし、私が娘さん探すの手伝うよ」
「え?」
「こう見えても私は冒険者だからね」
「本当かい?」
「うん、まかせてよ。必ず娘さんを捜し出して見せるから」
真っ直ぐにファナンはガウナーの顔を見る。
ガウナーもその視線を受け止める。
今度は顔を背けない。
暫く2人は見つめ合い―やがてガウナーはコクリと一つ頷いた。
「じゃあ、頼むよ。私の娘をどうか捜し出してくれ」
そう言って深々と頭を下げる。
「確かに、引き受けたよ」
ファナンもそれに静かに答えた。
「それで、報酬の話だけど、相場はだいたいどれくらいなのかな?
あんまりくわしくなくてねえ…」
冒険者に依頼を頼むとなれば相応の報酬が必要だ。
しかし、ガウナーはこれまでそんなことをしたこと無いから、いまいち価格が判らなかった。
その問いにファナンはニッコリ笑ってこう答えた。
「ガウナーさんはここで元気良く果物を売ること。
折角の新鮮な果物もガウナーさんがしおしおしてたらくたくたになっちゃうよ?
私がいつも美味しい果物食べれるようにね。それが私の依頼料」
「あ…。ははっ…」
「OK?」
「ああ、判った。よろしく頼むよ、ファナンちゃん!」
そう言ったガウナーの顔はいつもの柔和な笑顔だった。

「そこのお方、10アデナでもいいからお恵みを…」
裏通りの路地に、1人のヒューマンの男性がいた。
ボロボロの身なりに汚い躰。伸び放題の髪と髭には白髪がまじっている。
やはりボロボロの茣蓙の上にその貧相な躰を横たえて、弱々しい声で哀れみを請うている。
この乞食が、かつてギランでも有数の金持ちであったアルフォンス卿であると誰が信じられるだろうか?
「こんにちはアルフォンスさん」
そのアルフォンスの前にファナンはやってきた。
膝を抱え背中を丸めて座り込んで、何とか顔と視線の高さを近づける。
「ああ…お若い方、どうかこの可哀相な年寄りにお恵みを…」
「そうだねぇ…。
そういえば、昨日ケントの天気は晴れで、商人が3日ほど遅れたらしいね」
ファナンはポケットからアデナを取り出して手で弄びつつ、突然脈絡のない事を口にした。
それを聞いたアルフォンスの顔が、突然乞食の老人から、鋭い狡猾な表情へとかわった。
「それで、どんな情報がほしいんだ?」
そう問うてきたアルフォンスの口調には、弱々しい所は何処にもない。
ギランに住むほとんどの人間は彼、アルフォンスは哀れな乞食としか思っていない。
しかし、社会の裏に住む影の住人達にとって彼は弱々しい老人などではない。
ギラン最強の情報屋、それが彼の正体なのである。
そして更に一部の人間だけが、彼がギランシーフギルドの諜報機関のトップであることを知っている。
「誘拐事件。人身売買なんてやってないと思ってたけど、私の勘違い?」
冷たい笑みを浮かべ、細かい説明は何も無しに挑発的な口調で言う。
「昨日の事件か。随分ご活躍したらしいじゃないか?それでまだ首をつっこんでいるわけだ」
「さらった人達は何処?」
ピクリッとファナンは神経を集中させる。
1、2、…3人、いや4人が姿を隠し気配を消し、コチラを狙っている。
だが、バレバレだ。普通の人間ならば気がつけないだろうが、相手が悪い。
ファナンはいつでも迎え撃てるように、感覚を研ぎ澄ませる。
殺気を抑えろ、小波もたたぬ、水面の様に…。
「素直に教えてくれないかなあ?」
「まぁ、待て。何か勘違いしているようだが、あの件はギルドとは全く無関係だ。
むしろ、オレ達もシマを荒らされて腹を立てているところさ」
「ホントに?」
「ほんとだ」
「私を狙っている4人は?」
「うぇ、気がついていたのかよ…。さすが“優しい死の運び手”アサシンギルドきっての暗殺者だな」
「その二つ名で私を呼ぶのは止めて」
「…」
判ったと言う風にアルフォンスは何度か頷く。
そうして、スッと片手を上げると、ファナンを狙っていた気配は何処かへと去っていった。
「じゃあ、シーレンの巫女と呼ぶか?それともファナンちゃんとよんであげようか?」
アルフォンスはニヤニヤとしながらそう言ってくる。
「じゃあ、ファナンちゃんで」
即答で真顔で、ファナンはそう答えた。
皮肉で言ったつもりだったのか、予想外の返答をされたらしくアルフォンスは目を丸くしてファナンをみる。
「ふっ、ははははは、なるほど、そうかいそうかい。OK判った。
いやあ、虎も飼われれば猫になるもんだな」
「…アルフォンスさんには関係ないよ。
それより、知っていることを教えて」
「ああ、判った判った。そう怖い顔するな。また俺の警護がファナンちゃんをねらうぜ?」
「…むぅ」
言われてファナンはとりあえず手に持っていたアデナをお皿の中に放り投げた。
ただのアデナも金属だ。使いようによっては立派な凶器となりえるのである。
「さっきも言ったように、シーフギルドは昨日の事件…
つまり、モンスターが現れた件とそのとき同時に起こった幾つかの誘拐事件については全く関与していない。
ただ、乱暴なやり口とは言え証拠をほとんど残さずにやってのけた手並みから、
素人のやった事じゃない。それなりに腕のある組織の犯行だ。
今、他の都市のギルドの動向を探ってる間諜と連絡を取っているところだがな、
ギルド同士なれあいはしないが、喧嘩をふっかけるようなバカな真似もよほどの事が無い限りしないものだ。
だとすれば誰が?
モンスターを操り、おそらくその為に魔法にも通じている、組織力のある存在…。
人々の前にいながら目立たず…いや社会に溶け込み、事を起こす存在」
「ダークウィザード達…邪教徒のしわざ?!」
「確証はないがね」
そう言ってアルフォンスは肩をすくめてみせる。
「だが、おそらく相手は油断ならない相手だろうよ。オレ達の動きにも目を見張っているだろう」
「…!
シーフギルドの為に働くつもりはないからね」
「わかってるって。しかし、利用はさせてもらうぞ?
ギブ&テイクというやつだ」
まあね、っとファナンは軽く笑う。
「あと、気になる点がひとつある。昨日の広場だがガードが駆けつけるのが遅かったと思わないか?」
「え?うーん、どうかな。あんなのに巻き込まれたの初めてだし…」
「まぁ、いい。兎も角、話では昨日のガード達の配置はいつもと少し違っていたらしい。
偶然いつもと違っていたと考えるには、どうにも出来すぎている。
下手をするとシティガードの中に内通者がいる可能性もあるな」
あっ!
ファナンには思い当たる所があった。
今朝のアリアとエルフィーの会話。そこで出てきた話題。
「ま、今俺の所にある情報はこの程度だな。役にたったかい?」
そう言ってアルフォンスはニヤリと笑う。
「ありがと、感謝するよ!」
そう言ってファナンは600アデナをお皿に入れた。
「おお…心優しいお嬢さん…ありがとうございます、ありがとうございます…」
アルフォンスはまた弱々しい乞食の老人にもどって、ファナンにペコペコとお礼をした。
ファナンは立ち上がると、アリアの館に向かって走り出した。
まずは装備を調えなくてはならない。
相手はおそらくウィザードであり、多数のモンスターを従えている。
強力な武器と相応の防具が必要だと、直感が告げている。
「エル…」
そして自分の事をお姉さまと言って慕ってくれるエルフの少女の事を思った。
「無事でいてね」

「ただいま!」
ファナンはあわただしく屋敷に戻ってきた。
「お帰りなさいませファナン様」
そこをアーサーが出迎える。
「ただいま、アーサーさん!エルはかえってる?」
「エルフィーですか?
はい、先ほどもどってきました。今はお嬢様のお部屋にいるかと」
「ほんと?!良かった。ありがとね!」
そう言うとファナンは急いでアリアの部屋へと向かう。
コンコン
トビラをノックすると部屋からアリアの「入りなさい」という声が聞こえた。
「あら、ファナン。おかえりなさい」
来室したのがファナンだと判って相好をくずすアリア。
「ただいま」
部屋の中に目をやると、ソファーに座っているアリアの横にエルフィーの姿もあった。
「お帰りなさいませ、お姉さま」
「エル、よかった無事で…」
自分の目でエルの姿を確認し、危惧した事が起こっていなくてホッと一息ついた。
「なに、どうかしたの?」
そのファナンの様子をアリアは流さなかった。
「何かあったのね?言いなさい」
そして、有無を言わさぬ調子でファナンに命じる。
「いや、それは…」
「私には言えないこと?それとも言いたくないこと?」
「えーとね、あのね…」
「まあいいわ、兎に角座りなさいな。
エルフィー、紅茶とケーキを。貴女の分もね、3人分用意して」
「はい、かしこまりました」
そう言うとエルフィーは静かに退室する。
「はい、そしてファナンはここに座る」
そいういってアリアは自分の隣をぱんぱんとたたく。
ファナンは大人しくその隣に座った。
「まあ、要するに、ファナンも昨日の事件を調査し始めた訳ね?」
「え?」
「あら、違った?」
「ううん、あたり。よく判ったね、アリア」
「ま、今エルフィーから話を聞いてね、なんとなくピンときたのよ。
とりあえず、貴女も危惧しているようだしエルフィーにハンセンとかいう
ガード隊長を調べさせるのは止めるわ」
「うん、もしかしたら誘拐されちゃうかもしれないよ」
「誘拐?
それは…捕まって18禁なこととかされると困るわね…」
「…よく意味が分からないけど、そうだね」
「それより、どうしてファナンは事件に首を突っ込んだのかしら?
あの調査は昨日の3人に任せておけばいいでしょう?」
「だけど、ガウナーさんの娘さんが行方不明なんだよ。私、助けるって約束したんだ」
「ガウナー?貴女が良く行く果物屋さんね。そこの娘さんが行方不明なの?」
「うん」
「それが昨日の事件と関係しているの?」
「多分」
その言葉に、アリアは眉目をピクリとうごかした。
そして顎に手をあてて少し考えると
「知っていることを話しなさい。かわりに、私も知っていることを話すから」
そう、ファナンに告げた。

ファナンはとりあえずあったことを話した。
ガウナーから娘が行方不明だと聞いたこと。
アルフォンスから謎の組織が暗躍している可能性があると聞いたこと。
もちろん、ガウナーの所で泣いたりしたのは秘密だし
シーフギルドの情報屋の正体がだれかということはもっと秘密だ。
これはアリアに話したくないことと、アリアに話せないことだ。
丁度話し終わる頃、エルフィーがお茶とケーキを持ってもどってきた。
3人は紅茶とケーキをいただきながら話を続ける。
あまり、午後の優雅な一時に相応しい話題では無かったけれども。
「さて、ではエルフィーに調べてもらったラルフィス・ハンセンという男の事だけれど…」
一口紅茶をすすってから、アリアが話し始める。
「まず、同僚や部下からの評判はあまり良くないらしいわね。
勤務態度は真面目だけど、権力を笠に着て弱い者虐めみたいなことをするみたい。
…見こんだ通りの小物だわ」
そう言って鼻で笑う。
「横暴な人柄みたいだけど、隊長としてもそのワンマンぶりを発揮して
部下達もそれにさからえずに従っているみたいね。
で、これはファナンが情報屋から聞いた話と関係すると思うのだけど、
エルフィーが聞いた話だと、昨日の中央広場の警備位置、通常の場所と違ったらしいのよね。
なんでもその日突然隊長から今日は違う場所で見張っていろって。
おかしいなあとは思ったけど隊長には逆らえないから隊員はそれぞれ普段とは違う配置に。
結果、事件のあった現場からだれもが遠くに位置することになった為、
逃げまどう人々に遮られて誰も現場に駆けつけられなかった、と」
コクリとアリアの言葉を肯定するようにエルフィーが頷く。
「滅茶苦茶怪しいね」
「でまあ、それだけじゃなくてねえ…」
はぁとアリアが溜息をつく。そこでエルフィーが話を次いだ。
「今日の午前中、ラルフィス・ハンセンが仕事中に持ち場を離れ何処かへ行くのを目撃したのです。
そこで尾行をしてみるとドックレース場に向かっていきました。
勤務態度は真面目という話を聞いていたので少々以外でしたが、
どうやらギャンブルをするのではなく、誰かと会っていたようでした。
相手が誰だかは判らなかったのですが、あまり近づくと危険だと判断してその場を去りました。
申しわけございません」
「いいえ、懸命な判断だったわ」
そう、そこでもし相手に見つかっていたらどうなっていたか判らない。
「しかしまいったわねぇ〜」
そう言ってアリアは背にもたれる。
「ちょっと色々なめてたわ。
モンスターの出現だってどっかのマッドウィザードのイタズラだと思ってたし、
ラルフィス・ハンセンのことだって一回嫌みか嫌がらせできれば良いって思ってただけなんだけど…。
なんだか、状況証拠で組み上がった推測図はずいぶんと危険じゃない。
あの3人に依頼したのだって大して危険が無いだろうなんてたかをくくっていたのに、
本気で背後に邪教徒がいたらシャレにならないわ」
「どうしますか、彼等に捜査を止めるように伝言を伝えましょうか?」
脱力してはーと深い溜息をつくアリアに、エルフィーが尋ねる。
「そんなコトしたって、多分あの3人は捜査やめないわよ。
そんなことは判ってるんでしょ?」
「…はい。一応聞いてみただけです。申しわけありません」
それに背後には危険な邪教徒が絡んでる可能性がある、貴男達ではムリだから捜査を止めなさい、
などとどんな顔をして言えというのだ?
もちろん、言うことは出来る。下手をすれば彼等は命を落とす危険性がある。
けれども、彼等が望んだ道、冒険者の道とは常に死と隣り合わせの危険な道なのだ。
もし、ここで依頼を途中で止めさせたなら、命は助かるかも知れないが、
彼等は冒険者としては死んでしまうだろう。
暫く深くもたれかかっていたアリアだったが、何かを決めたのか姿勢を正す。
「ファナン、出かける準備はどの位でできるの?」
「え?」
「お仕事に行く準備よ」
「あ…。ええと10分もあれば」
「判ったわ。準備してらっしゃい。
それから一緒にあの3人の所に行きましょう。
あなたの人捜しを“手伝って”もらいましょう」
アリアはファナンの実力を知っている。
おそらくあの3人よりも総合的に能力は上だ。
だからファナンは1人で動いた方がフットワークが軽くていいだろう。
自分たちがくっついて行けば足手まといになるかもしれない。
けれども、アリアはファナン1人に任せるつもりはなかった。
あの3人にしっかりと仕事をこなしてほしかった。
そしてアリアは、ここでじっとしている気分にはなれなかった。
「エルフィー、私も出かける準備をします」
「かしこまりましたご主人様」

午後も過ぎ、夕方が近くなってきていた。
シオン、ボルタス、タリスの3人は徹底的に聞き込みを行い、
昨日の中央広場事件での様々な証言を入手することに成功していた。
一行は歩き回り話まわったこともあり、すっかり疲れていたので
一端酒場に戻って情報の整理と共に推理を行うことにした。
「やはり、モンスター出現と人々の失踪は関連ありそうですね」
タリスの言葉に一様に頷くシオンとボルタス。
「なんつっても、あのゲイザーに直接怪我受けたのって、実は俺だけなんだもんなぁ…」
そう、昨日の事件では大混乱となったものの死者は0。
負傷者は当然いたが、それはモンスターに襲われたからではなくて
逃げまどう人々どうし、ぶつかったり転んだりしたせいであった。
ゲイザーは確かに威嚇の声をあげ驚かせはしたものの、直接襲ってはいなかったのだ。
魔力光線に撃たれた人も数分間麻痺しただけで、命には別状無い。
直接攻撃をしかけたシオン、ボルタス、タリスが反撃されて負傷しただけだ。
つまりあのモンスター達は人々を襲うつもりはなく、
広場を大混乱に陥れるのが目的だったと考えられる。
「しかも、昨日は普段とガードの配置位置が異なっていたと来たもんじゃ」
それ故に、シオン達がモンスターを倒すまでガード達はやってこれなかった。
「これは、由々しき問題ですよ、ガードの中に犯罪を手引きした者がいるということです。
しかも、それは…」
「なかなか面白い結論に至っているようね?」
「あっ!」
シオン達のテーブルに、アリア、ファナン、エルフィーの3人が姿をみせた。
「アリア様?!」
シオンが驚いた顔で尋ねる。
アリアはスリップドレスにストールを纏い、手には豪華な扇子を持っている。
それらは素材もデザインも上質で、とてもエレガントだ。
何処のパーティに出ても恥ずかしくない格好だけれども
冒険者の酒場に来るのにはかなり間違った格好である。
しかも、彼女の脇にはメイド服に身を包んだエルフの少女と
露出度のたかいセクシーな格好のダークエルフの少女がいるのだ。
それはもう、酒場中の視線が彼女達3人に注がれるというものだ。
皆、一体なにごとだろうと、興味深そうに眺めている。
しかし、アリア、ファナン、エルフィーの3人はそんな視線など全く無視して
シオン、ボルタス、タリス達のテーブルにつく。
「ええっと…」
むしろ注目されて焦っているのはシオンとタリスだ。
ボルタスは堂々としたものである。
「ほっときなさい、話を続けて?」
落ち着かない感じのタリスにアリアはぴしゃりと言う。
まぁ、確かに学校で何か発表する時にもこうやって皆に注目されることがあるものだ。
タリスは一つ深呼吸して、心を落ち着けた。
しかし、シオンだけは居心地悪そうにもじもじしてしまうのであった。
「それでですね…えーと、どこまで話しましたっけ?」
「ガードの中に犯罪を手引きした者がいるとという話までね」
「ああ、そうでした。
それで、手引きしたのはどうにも昨日あの地区の警備担当だった
第4隊の警備隊長ラルフィス・ハンセンの可能性が高いのです。
ガードの配置位置を自由に出来る立場は彼しかいません。
…ですが、残念ながら証拠は全くと言って良いほどありません」
「そうなると、今後はハンセンを張り込んで見張ることかのう。
大金が手に入ったのか、数日前に派手に遊んだという話も聞いたしのう。
その金が犯罪者どもからの賄賂だとすれば、おそらくまた接触するじゃろう」
「ですね…少なくとも手掛かりのない昨日の実行犯を捜すよりは
ハンセンを見張る方が可能性は高いでしょう。
…昨日の実行犯とハンセンが繋がっていると仮定しての話ですが」
「なるほど、良い線ね」
タリスとボルタスの話に満足そうに頷くアリア。
「そういえば、アリア様はどうしてここに?
俺達の進展状況を見に来たんですか?」
とりあえず落ち着いたらしいシオンがアリアに尋ねる。
「ま、それもあるんだけど本題は別よ。
貴方達、昨日のモンスター出現の時に同時に何人かの人間が行方不明になったのは掴んでるわよね?」
「あ、はい」
「実はファナンが懇意にしているお店の主人の娘がその行方不明になった1人なのよ」
「ええっ?!」
「それでファナンが店の主人に娘を助けるって約束してね。
悪いけど、貴方達ファナンの捜査にも手を貸してあげて欲しいの。
まぁ、多分追いかける相手は同じだから、要するに一緒にやりましょうってことなんだけど」
「なるほど、そういうことですか。もちろんです、一緒にがんばりましょうファナンさん!」
そう言ってタリスはファナンに手を差し出す。
「あ…」
それが握手を求めているのだと気がつくのに一瞬遅れたけれど、
すぐにファナンはその手をとってしっかりと握手をした。
「がんばろうぜ!」
「これは心強い味方ができたもんじゃわい」
シオンとボルタスも手を伸ばす。4人はがっしりと手を重ねてぶんぶんと握手した。
その様子をアリアは微笑ましく眺めるのであった。

6人はとりあえず酒場を後にすると、とりあえず中央広場にやってきた。
流石に昨日事件があったばかりのせいか、普段よりも人が少ないように感じる。
また、ガード達は昨日とは異なり普段通りの位置にいる様だ。
「今日警備しているのは第3隊らしい」
シオンがガード達を見ながら言う。
「じゃ、本日我らが第4部隊が警護している地区に行こうじゃないの」
アリアは不敵に微笑みつつ言う。
今日第4隊が警護しているのはドックレース場近くの大通りとその近辺だ。
ギラン名所の一つであるドックレース場の近くも大変な賑わいを見せている。
通りの各所にガード達の姿がみえた。
少なくとも彼等は己の持ち場で、ちゃんと周囲を見回し職務を履行しているようである。
もっとも、その場所が本来の位置であるのかどうかは判らなかったかが。
「とりあえず、隊長は何処だろう?」
シオンがキョロキョロと周囲を見回したその時である。
「うあああああああ!」
「きゃああああああ!」
「でたああああああ!」
突然悲鳴が上がった。
またもや、モンスターが出現したらしい。
「…くっくっくっくっく」
それを聞いて邪悪な笑い声をもらすアリア。
思わずみながぎょっとして彼女をみる。
「2日連続でですって?
ずいぶんと見くびられているじゃないの?ええ?
なめてるわね、なめてるとしか言いようがないわ!」
もはや怒りを超えて、やばい所へ行ってしまったようである。
ここにいた誰もが、アリアを敵に回したくないと心底思った。
「と、兎に角モンスターを倒しに行かないと!」
言ってシオンが飛び出そうとする。
「あ、ダメよ!」
「待って下さい!」
しかし、それをアリアとタリスが制止する。
「なんでだ?!」
人々が助けを求めているというのに、行ってはいけないとはどういうことなのか。
「たしかに、行きたい気持ちは分かりますが待って下さい。
連中の目的から言って、人々を殺害することはないと思います。
僕たちの目的はあくまでも黒幕を捕まえて事件を根本から解決することです。
おそらく、この混乱の中で人さらいを実行する連中がいるはずです。
そいつ等を何としてでもみつけだすんです!」
「その通りよ、どうせモンスター達は我らのハンセン様がおっとり刀でやっつけてくれますわ。
それより、いくらこの混乱の中とは言え、人間1人捕まえて走っていたらそれなりに目立つはず。
ちゃんと注意してみれば見つけられるはずよ!」
そう言ってタリスとアリアは周囲に視線をはしらす。
「そ、そうか」
シオンも慌てて周囲に視線を走らす。
目先のことに囚われて、危うく大局を見逃すところだった。
まだまだ自分は未熟だ。
「いたよ、たぶんあれ!」
そんな中、ファナンが怪しげな人影を発見する。
それは、少し体格の良い、普通の身なりをしたヒューマンの男性だ。
何処に出もいるような一般人に見える。
その男性が男の子を抱えて、モンスターから逃げ出している。
「え、あれがですか?」
しかし、傍目にみるとどうみても親が子供を抱えて逃げているようにしか思えない。
タリスは疑問の声をあげる。
「よく見て、あの顔!」
ファナンは格好ではなく、その男性の表情を注目するように言う。
「あっ!」
シオンは気がついた。
皆が恐怖や驚きに満ちた顔で逃げまどう中、その男にはそんな表情は全くみうけられないのだ。
「後を追うよ」
言うが速いかファナンはグリーンポーションを服用し、走り出す。
みんなも慌ててその後を追う。
しかし、ドレスを着ているアリアだけは最初から走るつもりはなく、ゆっくりと後を追った。
敵のアジトを突き止めれば、後からそこに行けばいいのだ。彼女は。
一般人にカモフラージュした誘拐犯は全部で四人いるらしく、
混雑の中から子供を抱えた男達が同じ方向へ走っていくのが見えた。
ファナン達5人はその後方から追いかける形となった。
シオン、ボルタス、タリスはファナンと同じようにヘイストポーションを飲もうとしたが
ポーション瓶をしっかり袋の中にしまってあった為にこの状況では取り出している暇がなかった。
1人、足の速いファナンだけが男達に追いついていく。
誘拐犯は裏路地の方へと入った。
しかしてそこに、馬車が待ちかまえていた。
それはそうである。
いつまでも子供を抱えて走っていたら疲れるし、怪しい。
誘拐犯達が全員馬車に乗り込むと勢いよく走り出した。
「くそ!にげられちまう!!」
馬車の走る速度はいくらヘイストポーションを飲んだとしても追いつかない。
このままでは逃げられてしまう。
折角捉えたしっぽなのに、逃してしまうのか。
「ムービングアクセレーション!」
ファナンが走りながら呪印を組み、短い精霊語で呪文を唱えると
闇の精霊力がファナンを纏い、更に彼女の躰を軽くした。
そして一段と疾く、その走行速度が加速した。
それはまさに駆け抜ける疾風の如き速さであり、馬車ですらそれを引き離すことは難しいだろう。
「す、すごい…」
ファナンの闇の精霊魔法にタリスが感嘆の言葉を漏らす。
「ぜー、ぜー。
ここは…、あれじゃ、はぁ、はぁ
ファナン嬢ちゃんに、まかせ、よう」
ボルタスがぜーぜーと息をつきながら言う。
さすがに短距離ダッシュで息が上がってしまったらしい。
「そうですね、お姉さまに連中のアジトの場所を突き止めてもらいましょう。
それが出来るのは、お姉さましかいません」
「…そうだな。たのんだぞ!」
シオンも立ち止まり、馬車とファナンの去った道路の先を見つめた。

暫くみんなで待っていると、ファナンが戻ってきた。
「アジトは突き止めた?」
アリアが尋ねると
「ばっちりだよ」
ぐっと親指をたてて、それにこたえる。
「さすがだわ。じゃあ、行きましょうか」
誘拐組織のアジトはギラン東南の旧市街にある小さな館だった。
館を囲む塀には蔦が生い茂り、庭にも草が鬱蒼と茂っている。
館そのものも最近手入れされた形跡もなく、古くボロボロな感じがする。
6人がやって来ると、1人の小柄な男が、一行にむけて手を上げて合図する。
「?!」
ファナン以外の5人は緊張し警戒するが
「大丈夫、あの人は味方だよ」
と言ったので一応緊張をほどく。
(ま、今のところは、だけどね)
その小柄な男はシーフギルドの男だ。
シーフギルドとしても誘拐犯を排除したいかまえなので、
ファナンに協力してくれているわけである。
ちなみにギルドがアジトに乗り込まないのは、
ファナンや他の冒険者がこれから乗り込んでくれるのが判っているからだ。
鉄砲玉が飛び込んでいくのに、わざわざ自分たちの弾を消費することはない。
もし、それが失敗したときに自分たちが赴けば良いわけである。
「姉さん、とりあえず姉さん達が来るまでの間に動きはなかったですぜ」
「うん、ありがと」
ファナンがアジトを突き止めてから、この場所を離れている間、
彼と数人の仲間が周囲を見張っていてくれた。
従って、誘拐犯はまだあの屋敷の中にいるのだ。
「それで、どうするんだ?乗り込むのか?」
一行は屋敷の近くの影に潜み、作戦会議を開く。
「まぁ、乗り込むしかないじゃろう」
「なんか、犯罪行為な気もしますが、行くしかないでしょうね。
まぁ、できればこっそり侵入するという方向性で」
シオン、ボルタス、タリスの意見は乗り込むで一致した。
「異存はないよ」
ファナンも3人の意見に同意する。
「どうやら方向性はきまったようね」
アリアがニヤリと笑って言う。
「あれ、もしかしてアリア様も来るのか?」
そんなアリアをみてシオンが驚いて言う。
「まさか。いくら私でもそこまではしないわよ。
ちゃんと自分の立場をわきまえてるわ。
骨は拾ってあげるから、いってらっしゃい」
「う…、そう言われるのそれはそれで何かフクザツ…」

一行は日が完全に落ちるのを待って、夜闇に紛れて行動を開始した。
「あ、お待ち下さい」
行こうとする4人をエルフィーが止める。
ちなみにエルフィーもアリアと一緒にここでお留守番である。
「大地の精霊よ…か弱き我らに、魔物の牙を弾く強き体を与えたまえ…アーススキン!」
エルフィーが大地の精霊の力を借りて、4人にアーススキンの魔法をかける。
肉体の強度が増し、敵の攻撃をより防げるようになる防御の魔法だ。
「御武運を…」
そして小さく祈りを捧げた。
4人は口々にお礼を言い、今度こそ夜闇に紛れて館の方へと向かっていく。
館は平屋でそれほど大きくはない。
まぁ大きくはないと言っても普通の一般市民の家よりは大きいのだが。
家の外にはとりあえず見張りらしい者はいなかった。
それらを配置して注目を受けるのを避けたのだろうか。
だとすれば、館の中に防衛力は集中されており、注意が必要と言うことになる。
とりあえず正面玄関はさけて、裏口から館の中に侵入することにする。
「んと…」
トビラの近くまで来たファナンはまずトビラの前を調べる。
それからトビラ越しに中の物音を確認し、トビラやノブにトラップがないかを確認し
鍵がかかっているかどうかを確認した。
その結果、物音は特に聞こえず、トラップの類もないことが判った。
しかし、トビラに鍵はかかっている。
ファナンはツールを取り出すとそれを鍵穴に差し込み、ものの数秒で簡単に開錠してしまった。
「鮮やかなお手並み。おみごとじゃ」
ボルタスが感心して世辞を言う。
「ありがと。あんまり自慢できる特技じゃないけどね」
シオンがトビラを開き、まず中へ入る。
その次にファナンが続き、ついでタリス。
そして最後にボルタスが館の中へと入った。
基本的な隊列は先頭からシオン、ファナン、タリス、ボルタスである。
室内は暗く、静かだった。
暗視能力を持つファナンとボルタスには特に問題は無いが、
暗闇を見通す能力のないヒューマン2人組はトビラから差し込む月明かり以外
視力を確保するものがない。
「ま、ランプをつけるかの」
そう言ってボルタスが明かりをつける。
「それは僕がもちましょう」
直接戦闘をする他の3人がランプをもって手が塞がるのは確かに良くない。
片手でも魔法は使えるので、ランプをもつのはタリスが順当であろう。
もちろんライトの魔法がないわけではないが、
明かりを消したいタイミングがあるかも知れない。
その時、ライトの魔法ではどうしようもないのである。
その為、ここはあえてランプを利用することにしたのだ。
そうして、一行は注意深く館内を探索し始めた。
しかし、幾つかの部屋をまわってみても、どこにも人の気配がなかった。
少なくとも誘拐犯は5人、さらわれた子供達は8人近くいるはずなのに。
「ここも…か」
5番目に訪れた部屋も誰もいなかった。
「くそ、ここはもう、もぬけのからじゃないのか?」
シオンが忌々しそうに言う。
「そんなはずは…」
しかし、そう言うファナンも焦りの色がある。
「ふぅーむ。しかし、どう考えてもこの館には人はおらん様子じゃのう…」
これまでの所何にも出会わず、そしてこれから出会う気配すらない。
「…いや、まってください。
外見上ここは空き家でした。ここが連中のアジトであることが間違いないとするならば、
実際に中も空き家にして完全なカモフラージュをしているのでは?」
「なるほどのう、となれば地下室か」
タリスの言葉にボルタスがピンとくる。
「ええ、おそらく」
そこで一行は今度は地下への階段を探して館内を隈無く探索することにした。
そうして書斎と思われる部屋で、地下へと続く階段の秘密の入り口を発見したのだった。

一体いつ、だれが、何の目的で創ったのかは不明だが
地下へ続く階段はしっかりした造りで、結構深くまで続いていた。
階段の下からは明かりが漏れており、その地下に何かが潜んでいることを示している。
一行は慎重に降りていく。
とは言っても完全な無音は不可能なので、どうしても音がたってしまうのは仕方がない。
階段を下りきると、真っ直ぐな通路が続いていた。
地下室は完全に人工な造りで、しっかりと塗装もされている。照明もあり明るい。
しかし、ここが作られたのは随分昔のようで、それらもいまは少しボロくなっているようだ。
通路は15メートル先で左に折れ曲がっており、
また通路の右の壁には5メートルの所にトビラが一つある。
「先にトビラを調べよう」
そう言ってファナンは、まずは通路にトラップがないか軽く確認してからトビラの前に移動した。
それから聞き耳と罠チェックを行い、トビラの鍵を確かめた。
音は特になし、罠、鍵無し。
それをあらかじめ決めておいたハンドサインで送る。
ハンドサインによる意志疎通は冒険者の基本でもある。
決まったサインの型はなく、パーティ毎に違ったりするが、それほど複雑なものではない。
3人は頷いてファナンの所まで行く。
それから例によってシオンがトビラを開けはなつ。
すると、中にはヒューマン族の男性が四人ボーっと立っていた。
それはドックレース場近くで誘拐を行った男達だ。
しかし、彼等はどこかおかしい。明らかに普通の人間とは反応が違う。
「?!こいつら…」
男達はシオン達を認めると無表情のまま、声も発さずに襲いかかってきた。
ひゅっ!
男の1人の拳がシオンをかすめる。
「うおっ!」
それを身を捻ってかわすと、勢い余って男はそのまま拳を壁にたたきつけた。
ゴン、メリッ
石の壁がメコリと窪む。
「こやつら、人間じゃないな?!」
へこんだ壁と、へこませた拳。
その拳からは血は流れていない。男は痛そうにすらしていない。
「このっ!」
シオンがショートを突いて反撃する。
ザクリ
狙い違わずヒットして、不気味な男を貫いた。
ファナンもブラインドデュアルブレードを抜き、別の男に斬りかかる。
ボルタスはドワヴィッシュアックスを構え、タリスを守るように通路に立って様子を見る。
通路の幅はあまり広くはない。下手に飛び込んで乱戦になっても危険だ。
斬!
ファナンが男の首を斬り刎ねる。
「?!」
だが、その感触は肉を、骨を斬り刎ねたそれとは違う。言うなれば粘土を切断したような。
ゴトリと落ちる男の首。その断面からは肉も骨も血も見て取れない。
まさに粘土の様な均一の黄土色の切断面がみえるだけだった。
「まさか、クレイゴーレム?!」
それをみてタリスが驚きの声をあげる。
ゴーレムは魔法で生みだされた動く人形だ。
自ら知性は持たないが、創造者の命に従い動く人造人間といえる。
ゴーレムはその躰を構成する材質によって製造難度が高くなり、
生みだすには知識、魔力、施設、材料の4つが不可分なく必要となる。
クレイゴーレムは比較的作成が容易な部類にはいるが、
その姿をヒューマンそっくりに創り上げるのはかなりの技術が必要だろう。
「どーりで、子供抱えて走っても平気そうな面してたわけだぜ!」
シオンが渾身の力をこめて横薙ぎに薙ぐ。
それが致命打となったのか、クレイゴーレムは躰がバラバラと崩れて壊れてしまった。
「おしまい…と」
ファナンもその間に他の3体を撃破して、クレイゴーレムを全てやっつける事が出来た。
「む、何か来るぞい?」
クレイゴーレムを倒してほっと一息つく間もなく、何かがやって来る音にボルタスが気がついた。
通路の先からガシャガシャと金属鎧の音が聞こえる。それも複数だ。
「気配は結構多いね、一端引く?」
ファナンがみんなに聞く。
それほど危険なプレッシャーは感じないが、数は多そうだ。
隠れる場所はクレイゴーレムがいた部屋しかないし、やり過ごすのは難しいだろう。
「いや、ここで引いても意味がない、迎え撃とう」
シオンが覚悟を決めた顔でそう言う。
「じゃの」
ボルタスもニヤリと笑って同意する。
「だったら全力で行きましょう、多分ここの警備をしている連中でしょうから」
そう言うと、タリスはポーチからグリーンポーションを取り出す。
他のみんなもそれぞれグリーンポーションを取り出し、それを飲む。
躰が内側から沸き立つような気持ちになって、肉体が加速する。
周囲がゆっくりと流れるような感覚にとらわれた。
更にファナンは呪印を組んで闇の精霊魔法を唱える。
「アンキャニードッジ」
精霊力がファナンの肉体を包みとても軽くなる。
「一体何の騒ぎだシャー!」
角を曲がって現れたのは3人のリザードマンと3体のゲイザー、
そして4体のクリーピングクロウだった。
リザードマンは2足歩行するトカゲの顔と躰、皮膚をもった人間。
クリーピングクロウはヒューマンの手の形状をした魔法生物だ。
ゲイザーも含めて、普通都市に住んではいない。
「?!
お、おまえら何者だシャ〜!!」
リザードマンの内の1人がファナン達を認めると驚いて誰何する。
一行は一瞬顔を見合わせると
「正義の冒険者だ!」
と、とりあえず叫んでやった。
「な、なに〜?!
マスター様の悪事がもうばれたのか〜?!」
受け答えをしているリザードマンはあんまり頭が良くないようだ。
「兄者、秘密をしられたからにはマズイシャー」
「上兄者、やつらを逃がしたらマスター様に怒られてしまうシャー」
その両隣にいたリザードマン達が慌てた様子で真ん中のリザードマンに言う。
「ええい、やつらを捕らえろ〜!キシャー!!」
シューシューとヘビのように威嚇し叫ぶ。
その声が合図となって戦いが始まった。
「マナよ、あまねく大気に満ちる全ての根元よ、眠りをもたらす霧となれ!
フォッグ オブ スリーピング!!」
最初に動いたのはタリスだ。
その霧に包まれた者は眠気に襲われ眠ってしまうという
フォッグ オブ スリーピングの魔法を放つ。
離れた場所に密集している相手には効果的だ。
この魔法で、リザードマン2人とゲイザー1体が眠ってしまう。
クリーピングクロウ達は素早く霧の範囲から飛び出てファナン達の方へ向かってきた。
「行くぞ!」
「リザードマン全員殺しちゃだめだよ、情報聞き出すからね!」
シオンとファナンが迎え撃つべく前に出る。
「ええーい、ねるなあ〜、起きんシャー」
眠らなかったリザードマンは眠ってしまった2人をガクガクゆすって起こそうとしている。
そして眠らなかったゲイザー2体がそれぞれシオンとファナンの前に迫っていく。
ぴょいん、ぴょいん、と4体のクリーピングクロウは素早くはね回り、
シオンとファナンをすり抜けて後ろの2人の方へ行く。
「ふん、こっちに来おるか、相手になってやるぞい」
ブンと斧を構えボルタスが迎撃の用意をする。
「狙いは僕の様ですねえ…」
タリスも冷静に呟きながら杖を構える。しかし、その手足は少し震えている。
「ムリはせんで良いぞ、ワシにまかせておけ」
「もちろん、ムリはしませんよ」
クリーピングクロウはぴょいと飛び跳ねて、その鋭い鉤爪で切り裂こうと襲いかかってくる。
「ふん!」
ぶぅんっと斧を振り、クリーピングクロウを叩き飛ばす。
しかし、有効なダメージは与えられない。
ぴょいぴょいとまとわりつくように、四方八方から這いよる爪が襲い来る。
爪の一撃一撃は軽いのだが、難度も引っかかれれば段々と体力を奪われていく。
「ぬん!」
ぐしゃり!
ようやく一匹を捕らえて叩きつぶす。
「そこだ!エネルギーボルト!!」
バシュッ!
射線をとらえ、タリスも一体のクリーピングクロウを葬った。
残り2匹である。
一方、シオンとファナンの方はシオンが一体のゲイザーを相手にし
ファナンはリザードマン3兄弟を同時に相手にしていた。
既に眠っていたリザードマンとゲイザーは起き出している。
しかし、起きた相手が来る前に、シオンとファナンは
それぞれ最初に目の前に来たゲイザーを倒していた。
リザードマン3兄弟はダークエルフのファナンの方が危険だと判断し3人がかりで襲いかかった。
「受けよ、われら3兄弟の必殺技!
ウィンダウッド・サンドストーム・アタック!!」
それは兄弟ならではの息の合ったコンビネーションで砂嵐の如くシミターをくり出してくる。
「むっ」
ファナンはデュアルブレードで前、右、左からくり出される攻撃を受け止め、払い、凌いでいく。
デュアルブレードとは右手と左手、それぞれに専用の剣のある2本1組の特殊武器である。
2刀流で戦うことになるこの武器は、アサシンギルドでも使いこなせる者は多くはない。
厳しい修行を積んだ、真のアサシンだけが使いこなせる凶器なのである。
逆に言えば、この武器を扱う者は熟練のアサシンにしてソードダンサーなのだ。
ギィン!
ファナンは左のリザードマンの一撃を受け止め、一瞬押し返すふりをしてから
すぐさまバックステップで大きく距離をとる。
たたらを踏んで左のリザードマンがつんのめる。
その隙を見逃さない。
相手の手数が少なくなった瞬間に、一気に攻勢にでる。
「ええぃ!」
大きく身を沈ませて、右のリザードマンの足下を狙いトリップを仕掛ける。
足を払いバランスを崩させ、転倒させる。
だが、そこへ真ん中のリザードマンがシミターを振り下ろす。
「予想済みだよ」
ブレードで受け止めて凌ぐと、前転から躰を大きくバネのようにして一瞬にして飛び起き体勢を整える。
さらにそのままくるりと躰を横に半回転して、円の動きで中央のリザードマンと間合いを詰めた。
突き出されたシミターを回転して避け、ピタリと喉元にブレードを突き当てる。
「降伏か、死か。選んで良いよ。他に2人いるし」
鋭い切っ先が、リザードマンの喉、というか突き出た下顎にあてられていた。
このままファナンが力をこめれば、貫かれ、死に至るだろう。
「ぐぐぅ?」
ちらり、中央のリザードマンは周囲を見回した。
見れば、ゲイザーもクリーピングクロウももう既に全部倒されている。
2人の兄弟は生きてはいるが、ダークエルフの仲間と戦いに入っている。
1人はヒューマン2人と交戦中で分が悪い。
もう1人は転倒させられており、下手に動けばドワーフに斧で頭をかち割られる。
下手に抵抗しようとすれば、明らかに被害が拡大するだけだろう。
「わ、わかったワニ。降伏するシャー。
だ、だからオレ達3人の命だけは助けておくれ〜」
「いいよ、知っている事を全部話すならね?」
ファナンは極上の笑みを浮かべて言ってあげる。
「言う!言う!
だから殺さないで〜!」
恐怖に怯え、リザードマン(長男)は戦意を喪失した。

一行はリザードマン達を武装解除して無力化する。
鎧は脱がす暇がないので、武器だけを全て捨てさせ、そしてロープできつく縛り上げた。
「じゃあ、知っている事を話してもらおうかな。
さらった子供達は何処にいるの?」
シオンとボルタスが周囲を警戒し、ファナンとタリスが尋問を始める。
ファナンは表面上微笑んで聞いているが、目は笑っていない。
リザードマン達もダークエルフの恐ろしさは聞き及んでいるのですっかり萎縮している。
さらに、魔法使いのヒューマンもいるのだ。魔法で何をされるか判らないという恐怖もある。
リザードマン達は知っていることを正直に話し始めた。
「この奥の牢屋にいるシャー」
「全員無事なんだろうね?」
「全員生きている。怪我とか病気もしてないシャー」
「何で子供をさらったりしたの?」
「マスター、ヒューマンの子供の替わりに実験材料購入してる。
こんど新しい材料買いに行くのに必要だったシャー」
どうやらその取引相手はアデナや宝石よりも生きたヒューマンの子供をご所望の様だ。
「それで、キミ達のマスターってのはなんなのさ?」
「詳しくは知らないシャー。
オレ達雇われただけだシャー。
ただ、いつも実験室で魔法の実験してる。
魔法の人造生命体がどうとかいってるシャー」
「そいつは今ここにいるの?」
「いる。
この奥の実験室にいるシャー」
「他にこの地下室にいるのは?」
「後はマスターだけだシャー」
「そう。じゃ、後はこの地下室の地図を教えて」
「判っただシャー」
ファナンはリザードマン達に地図をつくらせると、彼等をクレイゴーレムがいた部屋に放り込んだ。
「よしっ、あとは黒幕を捕らえて捕まってる子供達を助けるだけだね」
ぱんぱんと手を払いながら言うファナンを他の3人は感心したように見る。
「手慣れたもんだなあ」
シオンは純粋に感心したようだ。
まだ駆け出し冒険者の自分にはファナンの熟練ぶりは尊敬に値するらしい。
「ファナンさんは色々と経験豊富そうですねえ」
タリスも色々学ぶところがあるらしくうんうん頷いている。
「えへへ」
少しむずがゆくて、ファナンは照れ笑いをしてごまかした。
「兎も角後は大将1人だけじゃ。最後まで油断せず行くとするかの」
ボルタスが労うようにファナンの肩をぽんぽんとたたき、行こうと歩き出した。
一行は再び隊列を組み、事件の黒幕がいる実験室へと向かった。

リザードマン達に教えられた地図通りに、一行は実験室のある場所まで向かった。
子供達が捕らえられているという牢獄は実験室を通らないと行くことが出来ない。
どちらにせよゴーレムクリエイターのマッドウィザードと対峙することになりそうだ。
実験室の前までやってきた。
ファナンが聞き耳をすると中から少し物音が聞こえてくる。
しかし、特別注意するべき音があるかどうかは判らない。
ドアには罠も鍵もかかっていないようだった。
両開きのドアはコチラ側に引いて開けるようだ。
「よし、開けるぞ?」
シオンが小声で言い、皆が頷く。
バタン
トビラを開け、皆は中になだれ込む。
室内は半球状のドームになっており壁際にテーブルや棚などがしつらえてあり
中央の床に大きな魔法陣とそれにそって等間隔におかれた6つの扇状の魔術装置が置いてあった。
部屋の奥に赤いローブを纏った、ヒューマン族の男性がいる。
頭ははげ上がっているが、かわりに顎に豊かな髭を蓄えている。
落ちくぼんだ目には邪悪そうな光が宿っていた。
「おやおやおや、これはどうした事だろうね?
この偉大なるゴーレムクリエイター・メウゼス様の実験室に招待もしない客人がくるとはね?
リザードマン達は何をしていた?まさかあっさり通した訳じゃなかろうね?」
「お前がモンスターを使って騒ぎを起こし、子供達を誘拐したのは判っているぞ!」
ビシッとショートソードを向けて啖呵を切るシオン。
相手との距離はまだあるが、部屋の出口はシオン達がいるトビラの他に2箇所。
しかし、そのどちらもリザードマン達の地図によれば外には通じていない。
すなわち、相手に逃げ道はない。
「おやおやおや、なんだね?それでどうしたというのかね?
まさかさらった子供達を返せなどというのではなかろうね?
それは困るのだよ。とても困る。なにせもう少しで我が研究が完成するからね。
あのお方に新鮮な肉を届けなければ研究援助もしてくれないからね」
「ふざけるな!そんな事のために罪もない子供達をさらったっていうのか?!」
「そんなことの為に?!
おやおやおや、いけないね。全くいけないよ。何も判ってないね。
我が研究が成されれば、ゴーレムの全く新しい活用法が見いだされるのだよ?!
その為には子供がどうなろうが全くどうでもいいことじゃないかね?」
「なっ?!」
あまりのことにシオンは絶句する。
「ダメですね、あの人は狂ってます。話し合うだけ無駄でしょう」
タリスが忌々しそうに言う。あれが同じウィザードなのかと思うと情けなくて悔しくて、許し難い。
「同感じゃな、さっさととっつかまえてしまおう」
「そうだね」
ボルタスもファナンもこの狂った魔法使いの戯れ言をこれ以上聞くつもりはなかった。
じりりと、4人はメウゼスと名乗った男に近づく。
「おやおやおや、私の邪魔をする気かい?
まったく、これだから凡人はこまるね。天才の事を理解しようとしない。
だが、お前達は私の最高傑作の前に倒れ伏すことになるね。
いでよ、我が最高傑作、アイアンゴーレム28号!!」
そう言うとメウゼスは手にした小さな箱についているボタンを押す。
すると、部屋の中央の魔法陣が激しく明滅し、次の瞬間巨大な鉄の人形が出現した。
「はっはっはっは!やれ、アイアンゴーレム!!」
それは重量感のある人型をした鉄の塊だ。身長は人間の2倍ほどある。
広いと感じていた実験室の中がいきなり狭くなったように思える。
ぶうん!
アイアンゴーレムは腕を無造作に振り下ろす。
ガゴン!
「うおおお?!」
4人はすんでで飛び退いて、その攻撃をかわす。
「この、デカブツ!」
たんっと、跳躍してかわしたファナンは着地するとそのままアイアンゴーレムに向かって飛び込む。
しかしアイアンゴーレムはその見かけによらず速い動きで体勢を立て直すと
向かってくるファナンに向けてもう一度拳を突き出す。
ゴウッ
「おっと!」
しかし、ファナンはそれを跳躍してかわすと、そのままゴーレムの腕に降りる。
そして一気に腕を駆け上がり肩まで行くと、頭部に向かってブラインドデュアルブレードを振り下ろした。
ギィィィィイイイン
「うあっ?!」
しかし、渾身の一撃はあっさりと弾かれてしまった。
その鋼鉄の体はとても頑強で、刃を通さない。
刹那、ファナンはゴーレムの手に捕まれる。
「しまった!」
ギリギリと握られて躰が潰されそうになる。
「うあっ…あっ…はぁあ…くああっ」
躰が締め付けられ激しい苦痛が遅う。
ゴーレムの力は圧倒的でとても抜け出せそうにはない。
「この、ゴーレム野郎!!」
「嬢ちゃん!!」
シオンとボルタスがファナンを助けるべく援護にはいる。
しかし、固い身体と強力な腕に阻まれてまともな有効打を与えられない。
「くらえ、ウィンドカッター!!」
そこにタリスの魔法が飛ぶ。
続けざまに魔法を放ち、次々とアイアンゴーレムに命中させる。
それがいやだったのか、ゴーレムは握っていたファナンをタリスめがけて投げつける。
「きゃあっ!」
「うわあっ!」
ゴスッと2人は激しくぶつかり、そのまま壁までふっとばされる。
「ファナン!タリス!」
「イカン、シオン!よそ見をするでない!!」
ファナンとタリスに気を取られたシオンにゴーレムの一撃が迫る。
「ぐっ!」
ゴキィ
避けそこない、重たい一撃を受ける。躰に激しい激痛がまわった。
「シオン!」
「大丈夫、まだ生きてる!」
そのこたえにボルタスはとりあえず安堵する。
そして、ジッと神経を目の前のデカ物に集中する。
この鉄の塊にはシオンのショートソードもファナンのデュアルブレードも文字通り刃が立たないだろう。
タリスの魔法もおそらくマナがもつまい。
だとすれば重量武器であるボルタスのドワヴィッシュアックスだけが、現状有効な武器なのだ。
力一杯叩き込んでやりたいが、大振りをすればそこに敵の反撃が来る。
「ぬぅ…」
ボルタスはじりじりと睨み合いを続ける。
「大丈夫ですか…ファナンさん?」
「こふっ…
ん、なんとかね、平気…だよ」
2人は折り重なるようにして倒れていた。
壁に激突したファナンとタリスだが2人ともまだ生きていた。
しかし、タリスはファナンを庇って壁に激突したために背中をしたたかに打ちつけていた。
一方ファナンもゴーレムに圧迫されたせいで骨と内臓を損傷している。幸い破裂はしていないようだ。
「はぁはぁ、まいったな攻撃が通らないなんてね…」
力無く笑って、ファナンはタリスの上から転がってどく。
力が入らない、すこしマズイかも知れない。
「今、治療します…
ヒール!ヒール!ヒール!…」
タリスが全力でファナンの怪我を癒す。自分もかなりのダメージを負っているのだろうが
自分が直ったところで戦局を覆せないのはタリス自身よく判っていた。
だから、ファナンを全力で癒す。
「ありがと、タリス!」
そのおかげで、ファナンは活力が戻り、まともに動けるようになる。
しかし、それだけではあのアイアンゴーレムには勝てない。
あれを倒すには普通の剣ではダメだ。剣では刃が立たない。
「あー」
その時、ファナンの脳裏に閃く物があった。
あった。
刃であの鉄の塊を倒す方法が。
でも、その為には―
「うおおおおおっ!」
シオンはアイアンゴーレムの攻撃をかいくぐりながら何度もショートソードで突き、斬る。
しかし、鋼鉄の躰は虚しくそれをはじき返し、ダメージを与えられないどころか
ショートソードの方がどんどんと損傷していってしまった。
「ちくしょおお!」
ガキィイイイン!
ついに、ショートソードは耐えきれずに折れてしまう。
「あっ!」
ブオン!
薙ぎ払うようにゴーレムが腕を振るう。
「ぐあっ!」
「ぬぐぅぅ!」
それにシオンとボルタスは巻き込まれ吹き飛ばされる。
「おやおやおや、おわりかね?おわりかな?
なかなかやるようだが、所詮はそこまでだね?」
メウゼスが勝ち誇り高笑いを上げる。
「大人しく投降するなら、殺さないでいてあげてもいいよ?
どうするね?そうする方がいいんじゃないのかね?」
ニヤニヤと見下した表情を浮かべ、降伏勧告を言う。
だが、4人はもちろん降伏するつもりなどなかった。
なによりも、まだ諦めていない。
「だまれ!オレ達はまだ負けてない!」
「そうとも、すぐにこのデカブツつぶしてやるから覚悟せい!」
シオンとボルタスはそう威勢を張り上げたものの、実際にはかなり追いつめられている。
シオンはすでに武器はなく、ボルタスは今のゴーレムの攻撃で足を痛めた様だった。
「む、踏ん張りがきかんか…」
ボルタスは小さくごちると
シオンの方に移動する。
「シオン!コイツを使え!」
そう言って、シオンにドワヴィッシュアックスを受け渡す。
「え?!でも、ボルタスさんはどうするんだよ?!」
「ワシは今足をやられた、踏ん張りがきかん。
あの鉄塊を壊すには力がこめられん…」
そこにアイアンゴーレムの攻撃が降り注ぐ。
シオンは斧をしっかりと握ったまま、それをかわした。
ボルタスは身を投げるようにして横っ飛びでそれをかわしゴロゴロと転がる。
「やるしかないか!」
しっかりと握り治し、ゴーレムと対峙する。
だが、アックスは重く、これをクリーンヒットさせるには一瞬でもゴーレムに隙がないと難しい。
そんな隙があるだろうか?
「シオン…頼むぞ」
何とかゴーレムの攻撃をかわしたボルタスはヨロヨロと立ち上がる。
そこにファナンから声がかかった。
「ボルタス、お願い!黒魔石を私にちょうだい!!」
「なぬ?!」
この非常時に一体何をいいだすのだろう。
あの鉱石が一体何になるというのだ。
「黒魔石ってあんな物どうするんじゃ?!」
「今は説明している暇がないよ!
お願い、私を信じて黒魔石をちょうだい!!」
ファナンは昨日の夕食の時、ボルタスがいかにして黒魔石を入手したかの冒険を聞いている。
彼にとって手に入れた鉱石達は大切な宝物だろう。
だが、今はそれしか手がない。
あの闇の精霊魔法を使うには、どうしても必要なのだ。
刹那、ファナンとボルタスは見つめ合った。
ファナンの瞳に誠実で揺るぎない輝きをボルタスは見たような気がした。
「わかった、嬢ちゃんがそう言うのなら、なにかあるのじゃろう」
そう言うとボルタスは鉱石を入れていた袋をひっくり返し、なかから黒魔石を取り出す。
「受けとれい!」
そしてファナンに放り投げた。
「ありがとう、ボルタス!」
それを空中でキャッチすると黒魔石を両手で握りしめる。
そして、意識を集中し、石に語りかける。
ここで失敗するわけには行かない。
ここで失敗すれば、全てが終わる。
「石よ…闇の精霊の声よ…」
ざわざわ…
周囲のマナが手の中に収束する感覚。
黒魔石がビリビリと振動している。
(お願い、崩れないで…もって…)
ゴゴゴゴゴゴ
「ブリングストーン!!」
一瞬、閃光が黒魔石に収束する。
ブリングストーンの魔法は黒魔石を精製する魔法である。
上手く行けば、黒魔石はより力を秘めた石へと変質するが
失敗すれば黒魔石は砕けてなくなってしまう。
「お願い!!」
灰色をした黒魔石がマナと闇の精霊力で活性化しその秘めたる力を昇華して精練されていく。
その色が、暗い紫色へと変色する!
「なんと?!ダークストーン!!」
その変化にボルタスが驚嘆の声をあげる。
ダークエルフに伝わる闇の精霊力をもちいた精練術、それによって黒魔石はダークストーンへと変貌する。
このダークストーンを更に精製してより上位の石にすることもできるが、
今必要なのはこのダークストーンなのである。
「できた!!」
そして、次こそが本命だ。
「闇よ、永久に横たわる全ての闇よ、我が呼びかけに応じよ!
我は剣、敵を討つ剣、我は爪、敵を引き裂く爪、我は矢、敵を貫く矢
すべからく、我が放つ一撃の前に、敵はその防ぐ術を知らず!!」
マナの奔流がファナンを中心に周囲へと溢れ、風となって大気を振るわす。
闇の力がダークストーンを触媒として共鳴し、顕在しようとする。
「いけぇええええ!
アーマーブレイクッ!!」
パキーン!!
ダークストーンが砕け散り、ファナンの中に精霊力が呼び込まれる。
全てをうち砕く、闇の力が宿る。
ブラインドデュアルブレードを構えなおすと、再びアイアンゴーレムに向かって飛びこんでいく。
デュアルブレードの刃に、ファナンの躰を通して闇の精霊力が伝わる。
刃は闇を纏い、いまや全てを貫く。
「バーニングスピリット!」
さらに闇の精霊力を呼び込む。
躰の芯が熱くなる。心が高揚する感覚。魂が、震えている。
「シオン!私が奴の動きを封じるから、頭部に叩き込んで!!」
言ってファナンはアイアンゴーレムに躍りかかる。
しかし、それにあわせてゴーレムはパンチを放つ。
だが、ファナンは大きく跳躍してかわすと、空中でくるりと一回転してゴーレムを飛び越える。
たんっ!
そして着地と同時に身を捻り、背後からデュアルブレードの一撃を放つ。
斬!
鋼鉄の躰を、切り裂く。
「な、なななななな、なんですとぉ〜?!」
いとも容易く切り裂いたその光景に、メウゼスは口をあんぐりあけて固まってしまう。
アーマーブレイクによって、今やファナンの武器は鋼鉄すら切り裂くのである。
しかし、痛覚のないゴーレムは斬られても痛がらない。
そんなことはかまわずにぶんぶんと腕を振り回しつつ攻撃を続ける。
「ふっ!」
小さく吐息を吐き、ファナンはその攻撃をギリギリでかわす。
「あたらないよ!」
活性化した闇の精霊力が、ファナンの肉体を熱く燃やし、潜在能力を引き出していた。
躰と心が心地よい快楽で満たされて、上気し、全身に珠の汗をにじませる。
流れるように、ファナンはゴーレムの攻撃をかわし反撃で斬りつけていく。
その姿は扇情的で美しく、情熱のダンスを舞っているかの様。
それは敵を死に追いやる、ダンスマカブル。
並の相手ならば、この舞姫の前にとっくにその骸を晒すことになっていただろう。
しかし、血も流れなければ疲れもしないこの巨人は、切り刻んでも殺しきれない。
素早く動くファナンを捕まえようとゴーレムは両手を使って抑えに来た。
「あまいよ!!」
しかし、そうした所で彼女を捕らえることなどできはしない。
ファナンは身を低くしてかわすとダッシュして一気にゴーレムの懐に潜り込む。
そして右脚にダブルアタックを叩き込んだ。
ぎゅりん
その一撃はアイアンゴーレムの脚を切り裂く。
足下にまわられたゴーレムは躰をまわしてファナンを追いかけようとした。
しかし、斬られた脚のせいか体勢を僅かに崩してしまう。
「たあああっ!!」
ここぞとばかりにファナンは渾身の回し蹴りをアイアンゴーレムの背中に叩き込んだ。
「シオン!!」
ぐらり、とアイアンゴーレムがゆれる。体勢を立て直そうとして隙がうまれる。
「チェエストォー!!」
そこを逃さず、シオンが全膂力をもってドワヴィッシュアックスの一撃をゴーレムの頭部に叩き込んだ。
メゴン!!
鉄のひしゃげる音。
バカン!
アイアンゴーレムの頭部が破壊される。
「もういっちょおおお!!」
さらにシオンは続けざまに一撃を放つ。
ドゴッ!!
それが決め手となった。
アイアンゴーレムは吹き飛ばされ、鉄塊となって崩れさる。
「そ、そんなバカな!!
私の、私のアイアンゴーレムが、こんな奴らに!!」
ヒステリックな声をあげてメウゼスがわめき立てる。
よほどアイアンゴーレムが倒されたことが認めがたいのか、ありえない!と叫びまくる。
「残念ながらありえるんだよ!」
シオンは叫び、メウゼスに肉薄する。
そして、ボクッと斧の背で叩きのめした。
後頭部に一撃を与え昏倒させる。
「ぎゃあっ!」
ばたりっとメウゼスはその場に倒れ伏した。
「安心しろ、峰打ちってヤツだ」
そしてそれと同時に緊張の糸が切れたのか
シオンは「はぁー」と大きく息を吐いて、よれよれとその場に座り込んだ。
勝ったのである。そして、生き延びたのである。
「みんな、ぶじか?!」
辺りを見回すと、ファナンもボルタスもタリスも皆怪我こそしているものの無事の様だった。
「ああ、無事じゃ、よくやったのうシオン」
「ボルタスさんのアックスのおかげさ」
「ドワーフの斧も良いもんじゃろう?」
「まあ、な。でも俺はやっぱり剣の方が好きだけどな」
そう言ってシオンとボルタスは見つめ合うと大声で「わっはっはっは!」と笑うのだった。
「タリス大丈夫?」
「ええ、平気です。問題ありませんよ」
ファナンはタリスに手を貸して立ち上がらせる。
「ポーション飲んだのでOKです」
そう言ってウィンクするタリスの足下には空になったポーション瓶が転がっていた。
「とりあえず、あの男を縄で縛り上げておきましょう。
それから囚われている子供達を助けないと」
「うん、だね」

一行はロープでメウゼスを縛り上げ、さらに目隠しをして舌を噛まれないように轡もした。
「さて、とりあえず表のアリア様に事の次第を報告して衛兵に来てもらいましょう。
ここに動かぬ証拠がいっぱいありますから、コイツはもうお終いですよ」
そう言ってタリスは意識を失い横たわっているメウゼスを見る。
「しかし、気絶しているコイツを背負って外に行くのはめんどくさいぞい。
かといって起こすのももっとめんどくさいような気がするしのう…」
「じゃあ、俺がひとっ走りしてアリア様に伝えてくるよ」
シオンはそう言うと、「行ってくる」と地上に向かって走っていった。
「体力あるのう…流石若者じゃ」
そのシオンの背中を見ながらボルタスが頼もしそうに微笑む。
「じゃあ、私達はその間に子供達を助けに行こうよ」
ファナンが牢屋のある方の通路を見ながら言う。
彼女は速くガウナーの娘を助けたいのだ。
「ま、この男はワシがみておくから、2人でいってきてくれ」
確かに、いくら拘束したとはいえメウゼス1人だけをほっぽりだしておくのはマズイ。
そんなわけで、ボルタスを見張りに残し、ファナンとタリスの2人は牢屋のある部屋へと向かった。
途中、ペーパーマンがいたりしたが無害なので無視して2人は地図の通り牢屋のある場所へとやってきた。
一応2人は注意して牢屋のある部屋へと侵入する。
武器をかまえ突入したが、敵の姿は見えなかった。
「いないみたい」
しかし、部屋の奥からざわざわと、恐怖に怯える声が聞こえた。
奥を見ると鉄格子があり牢屋になっていた。
その中に8人の子供達が囚われていた。
みな服を脱がされ裸にされ、ボロボロの毛布を纏っているだけの格好だった。
子供達はよりあって、部屋に入ってきたファナンとタリスを恐怖の目で見ていた。
「みんな大丈夫?助けに来たよ」
ファナンは微笑んでそう言うと牢屋に近づいた。
だが、牢屋の中からはファナンを恐れ拒絶する悲鳴の声が響いてきた。
泣き叫び、家に帰して欲しいと懇願する子供達。
「あっ…」
ファナンは、どうすれば良いのか判らなかった。
そうだった。自分はダークエルフだったのだ。
しかも戦闘で血を浴び、血を流し、わりとボロボロの格好だ。
こんな姿で、子供が怯えないはずがない。
「…」
ファナンは後ろにさがり、タリスにかわってもらおうと思った。
優しく柔和な印象のこのヒューマンの青年なら子供達をあやせるだろう。
一歩後ろにさがる、その時
「ファナンお姉ちゃん?」
牢屋の中から、彼女の名前を呼ぶ声がした。
「え?どうして私の名前を…?」
彼女の名を呼んだのは6歳くらいの少女だった。
彼女は、不安そうにしているものの泣いてはおらず、そして真っ直ぐにファナンの目を見ていた。
すぐに、ファナンは思い至った。
「エイミー?」
その、ガウナーの娘の名を呼ぶと、少女はぱあっと明るい顔をして嬉しそうに首をふった。
ファナンもエイミーもお互いに顔は知らなかったが、ガウナーを通じてその名前は知っていた。
そして、どんな人物なのかも、おぼろげながら。
「よかった、エイミー。
私、ガウナーさんの依頼を受けてエイミーのこと助けに来たんだよ」
ファナンは牢屋の前にいき床にぺたりと座り込んで、エイミーと視線をあわせて言う。
「パパが?」
「うん」
「私達助かるの?」
「うん、今助けてあげるから」
「ホント?!」
「ホントだよ、待ってね」
そう言ってファナンは牢のトビラの鍵をデュアルブレードで切断する。
ガキン!
その音に子供達はビックリする。
けれども、先ほどよりも恐怖の色合いが薄まっている様子だった。
ファナンは鍵をすてて牢を開放する。
「ファナンお姉ちゃん、ありがとう〜!!」
開くやいなや、エイミーが走りこんできてファナンに抱きつく。
そんなエイミーをファナンは優しく抱きしめて、頭を撫でてあげた。
「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。おうちにかえろうね」
「うん…うん」
ぎゅうっと、震えるからだで、エイミーはファナン強く抱きつくのだった。
他の子供達も、どうやら自分たちは助かったのだと判ったらしく、一様に嬉しそうになった。
「みんな、もう大丈夫ですよ。ここの悪い奴らはみんな僕たちがやっつけましたからね。
もうすぐ、警備隊の人達がやってきますから、それまで僕たちと一緒に待っていましょう」
そんな子供達にタリスが優しく語りかける。
子供達は素直にコクンと頷くのだった。

こうして、事件は無事解決した。
メウゼスが取引をしていた相手に関してはノーコヒカ伯爵という名前しか判らなかったが
メウゼスは嘗て象牙の塔に在籍していたウィザードであることが判明した。
彼はゴーレム研究に没頭するあまり、他のあらゆる常識や概念を捨て去り
ただ究極のゴーレムを創り上げるためだけに心血をそそいでいるマッドウィザードということだった。
しかし、その為に犯罪を犯した彼には裁きが下る。
ギランの裁判でたとえ死罪とならなくても、象牙の塔の粛正部隊によって処断されるであろう。
また、メウゼスの部屋にあった書類から彼に協力していた人々が明らかになった。
その中にはシティ・ガードの第4隊隊長、ラルフィス・ハンセンの名もあった。
犯罪に荷担した彼等にも然るべき処罰がくだされることになるだろう。

「それにしても…無事事件が解決してなによりだわ。
犠牲者も誰も出なかったし、本当に良かったわ」
アリアは優雅に紅茶をすすりながら、おだやかに述べる。
「ええ、そうですね」
エルフィーもそれに同意して頷く。
誘拐された子供達も無事全員親の所に帰ることができていた。
事件から数日後、アリアの部屋で2人はのんびりと過ごしていた。
「それに、スタインフォルツ家の名誉も守られて良かったわ」
上機嫌に窓の外を眺めるアリア。
そんなアリアをゆっくりと眺めて、エルフィーは問うた
「それで、本音はなんなのでしょう?」
「ふっ…
決まってるでしょ、この私を怒らせた連中が滅びて嬉しいのよ」
そう言ってほほほほほと笑うアリアなのであった。
「私はそう言うご主人様が大好きですよ」
エルフィーはそんなアリアを見てニッコリと微笑んだ。

「そういやあ、結局モンスターが突然現れたからくりって何だったんだ?」
モーリの酒場にて、シオンがふと疑問に思ったことを口にする。
「ああ、それですか。判明していますよ」
それにタリスが答える。
昼食時、2人は数日ぶりに酒場で落ち合っていた。
流石に激戦をしたこともあって、翌日は躰が痛んで動けなかったのだ。
タリスが依頼料の残り半分をスタインフォルツ家からもらったので
それの分配をすることになっている。
2人はボルタスが来るのを待つあいだドリンクと食事をとることにした。
そんな中、ふとシオンは疑問を思い返したのだ。
「実験室の床に大きな魔法陣と魔法装置があったでしょう、あれが正体です。
大仕掛けな魔法の転送装置で、ある程度の距離範囲内…まあギラン都市内くらいですが
なら何処へでも自由にテレポートをさせることができる装置ということです。
奴はそれを使って、モンスターを送り込んでいた様ですね」
「はー。なるほどねー。
そんなもの使われていたら、そりゃ手掛かりないわけだ」
「全くです。
ま、現在あの家の地下施設はギラン魔術学校の管轄下に入りましたから
もう悪用されることはありませんよ」
「そうあって欲しいもんだ」
2人が話しているとそこにボルタスがやってきた。
「おおう、待たせたのう」
「やあ」
「こんにちは」
3人は挨拶を交わす。
と、タリスはボルタスが長い包みをもっていることに気がついた。
「ボルタスさん、それは?」
「おお、これか?
いや、へクター殿の工房をちと借りてのう」
そういって「ほれ」と、その包みをシオンに渡した。
「俺に?」
「うむ、もともとおぬしの物だからな」
シオンが包みを開けてみると、その中から一振りの剣が出てきた。
「これは?!」
「おぬしのショートソード、折れてしまっただろう。
だからワシが打ち直したんじゃよ。知ってるじゃろう?ワシは元武器鍛冶師じゃぞ」
「おお…」
「ただ、打ち直すに際してな、おぬしに相応しいように少し手を加えた。
そいつはショートソードではない、グラディウスじゃ」
それはシオンの手にちょうど良くおさまり、とても扱いやすい感じだった。
「ありがとう!本当にありがとう!!」
シオンは感激して、ボルタスの手をとるとぶんぶんと何度も上下にふって力強く握手した。
「わははははは、気に入ってもらえてワシも嬉しいわい!」
「よかったですね、シオンさん!」
駆け出しの3人の冒険者達はそういって嬉しそうに笑いあった。
それは、1つの冒険の終わりの凱歌でもあった。
そう、彼等の最初の冒険は成功したのである。
今は笑い、休み、そしてまた次の冒険に備えよう。
新たなる冒険の道は、栄えある栄光は、まだずっと先にあるのだから。

「ガウナーさん♪」
ファナンはいつもの様に散歩の途中ガウナーの果物屋に立ち寄る。
「おお、ファナンちゃんか、いらっしゃい!」
ガウナーはファナンを見ると嬉しそうに出迎える。
そこはかとなく、普段にもましてニコニコとしているようだ。
「今日は何か珍しい果物とかある?」
「あー、珍しい果物はないけど、珍しい人ならいるよ」
「?」
どことなく、ガウナーの様子が変だ。
ファナンは不思議そうに小首を傾げる。
すると
「ファナンお姉ちゃん!」
ガウナーの後ろから彼の娘エイミーが飛び出てきた。
「エイミー?!」
ファナンは屈んで飛び込んでくるエイミーを抱き止める。
そのまま床にぺたっと座って、嬉しそうにペタペタ触れてくるエイミーをあやしてあげる。
「実はねえ、エイミーのやつがずいぶんとファナンちゃんの事気に入ってねえ」
そう言ってぽりぽりと頬をかくガウナー。
「もしよかったら、エイミーの友達になってやってくれないか?」
「え?」
思ってもない、言葉。
「だめ?」
ファナンの戸惑いに、エイミーが哀しそうに呟く。
汚れのない瞳が、ファナンを覗き込んでいる。
(私の友達に?)
冷徹な声が、拒絶しろと主張する。
(でも…)
闇に生きる者は闇の中に沈むのだ。
(違う…)
そう、ちがう。
我々一族は、闇に生きることを止め、光にむかったのではなかったのか。
ならば私は、明るい太陽のもとで、愛や友情を育むべきではないのか。
(うん…私は…)
そうとも、ダメなことなどあるはずがない。
「私でよければ、お友達になろう?」
「うん!」
わーいとエイミーはひときわ明るく喜んで、ファナンに抱きつく。
ファナンは少し戸惑いながらもそんなエイミーをしっかりと受け止めて
自分が歩くべき道を心の中で確かに見つめていた。
「ありがとうよ、私からもお礼を言うよ」
「いいよ、お礼だなんて。
それに友達とはいわず、ママになってあげてもいいよー?」
そう言ってファナンはイタズラっぽく笑う。
「ママに?」
「うわあ!何をいいだすんだよファナンちゃん!!」
「不倫って男の甲斐性だよね?」
「フリン?」
「いやいやいやいやいや!そんなことないよ!
そんなことになったら、カミさんに殺されちまうよ〜」
ファナンはくすくすと笑った。
うん、今日もギランは平和だ。
願わくば、こんな平穏な日常が続きますように―

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